ある全身麻痺状態の男性が、自身の脳活動を記録する装置を使って、完全な文章を伝達することに成功した。男性は、脳に埋め込まれた装置を使い、脳の使い方を鍛えることで、マッサージやスープ、ビールを注文し、息子と一緒に映画を見られるようになったという。
「完全閉じ込め症候群」の患者、つまり意識と認知能力はあるが完全な麻痺状態の人物が、このようにコミュニケーションできたのは初めてだ——プロジェクトを手がけた研究者たちはそう語っている。
脳コンピューター・インターフェース(BCI)は、人間の脳内の電気信号を記録し、装置を制御するコマンドに変換する。近年、BCIによって、部分的に麻痺した人が義肢を制御したり、頭脳だけで「はい」や「いいえ」といった単純なコミュニケーションをとれるようになった。だが、目の動きさえコントロールできない完全閉じ込め症候群の患者が、BCIを使って完全な文章を伝達できたのは初のことだ。
「完全閉じ込め症候群の患者とのコミュニケーションを再び確立できたというのは、本当に驚くべきことです」。スタンフォード大学の脳神経外科医で、この研究には関与していないジェイミー・ヘンダーソン教授は話す。「私からすればこれは大きなブレイクスルーであり、被験者にとっては明らかに大きな意味を持つことです」。
ドイツ在住のこの男性は、2015年8月、当時30歳のときに筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断された。ALSは、まれに発症する進行性の神経疾患で、運動に関わるニューロンに影響を及ぼす。その男性は、2015年末には話すことも歩くこともできなくなっており、2016年7月以降は人工呼吸器を使って呼吸するようになった。
2016年8月、男性は視線追跡装置を使ったコミュニケーションを始めた。この装置は、目の動きを追跡し、コンピューター画面から文字を選択できるようするものだった。だが1年後、男性の容態は悪化し、特定の場所に視線を定められなくなった。そのため、装置は役に立たなくなってしまった。男性の家族は、紙を使ったアプローチを始めた。この手法では、文字が格子状に配置され、背景が4色に塗り分けられた紙を家族が持つ。家族は、色が塗られたそれぞれのセクションと行を指して、目が動けば「はい」と解釈する。
男性と家族は、最終的に目を動かす能力までも失うことを懸念し、当時テュービンゲン大学に在籍していたニールス・ビルバウマー教授と、コミュニケーション手段を持たない患者にBCIなどのテクノロジーを提供する非営利団体「ALSボイス(ALS Voice gGmbH)」のウジワル・チャウドハリ理事に助けを求めた。
2018年2月に男性と会ったチャウドハリ理事は、男性の家族がそのときまでに使っていたコミュニケーション・システムの自動化を試みた。研究チームは、視線追跡装置をコンピューター・ソフトウェアに接続した。色と行番号を読み取るそのソフトにより、男性は目の動きを使って1文字ずつ選択することで、単語を綴れるようになった。
しかし、男性が目の動きをコントロールできなくなるにつれ、そのデバイスを使用したコミュニケーションも次第にできなくなっていった。「私たちは(電極の)埋め込みを提案しました」とチャウドハリ理事は話す。脳細胞の電気的活動を直接記録するために、小さな電極を脳に埋め込むことができる。その手術では、頭蓋骨に穴を開けて脳の保護層を切り取るケースが多いが、感染の危険性や脳へ損傷を与 …