現在、地球の軌道上には1万基を超える人工衛星が存在している。そうした衛星が捉えた地上の様子を、人工知能(AI)技術を活用して農地の情報と結び付け、日本そして世界の農業が抱える課題を1つ1つ解決していこうとする起業家がいる。2018年に創業したサグリ(Sagri)のCEO(最高経営責任者)・坪井俊輔だ。
「世界にはおよそ27億人の農家がいますが、国や地域、土地ごとに、抱えている課題は異なります。それを個々の農家で解決していけるように、衛星とAIを利用したさまざまな技術、サービスを開発・提供しています」
サグリの代表的なサービスが、耕作放棄地を自動的に検出し、地図上に表示するアプリケーション「アクタバ(ACTABA)」だ。高齢化と労働力不足によって、国内の耕作放棄地は年々増加している。対策には、まず耕作放棄地を正確に把握することが重要だ。しかし、これまでは各地の農業委員会の担当者が実際にすべての農地を回って目視で確認し、その結果を手入力で紙の地図や台帳に記載するため、非常に手間がかかっていた。
アクタバを使えばタブレット端末などの画面上で、耕作されているのか耕作放棄地なのかを確認可能で、人の負担を大幅に軽減できる。
そもそも、坪井が衛星データを農業改善に活用しようと考えた直接的なきっかけは、欧州の地球観測衛星「センチネル-2」の衛星画像データが、2017年から日本国内で無償公開されるというニュースを知ったことだった。
「これだ! と思いました。衛星画像データを農業の改善に生かせるのではないか。しかも無償なら、農家に高い機械を購入してもらう必要もない。世界中の農家に有益な情報を届けられると考えました」
1年ほど時間をかけて、衛星データが本当に農業に使えるのかを、実際にデータを触りながら検討した上で事業化を決意。しかし、想定した技術開発がすぐにできたわけではないという。
「農地が耕作されているかどうかをAIに推測させるには、衛星画像データの波長を解析して、耕作放棄地の特徴をAIに覚えさせる必要があります。当初は、衛星画像データとAIがあれば簡単に耕作放棄地を特定できると考えていましたが、まったくダメでした。AIに正しく推測させるには、機械学習のための良質な教師データが必須でした」
教師データとは、「問題」と「正解」がセットになったデータのことだ。これをAIに与え、「こういうデータの場合には、このように推測するのが正解ですよ」と学習させることで、AIが自分で答えを見つけられるようになっていく。坪井は、まず農地台帳を丸ごと教師データにしようとした。だが、台帳の中には農地の実情と合っていないデータもあり、そのままでは使える教師データではなかった。そこで台帳の中から、きれいなデータだけを選んで教師データを整備した上で、改めてAIに学習させた。波長データの解析だけでは推測しづらい場所については、現場と照らし合わせた上で教師データを加工した。
「たとえば、衛星画像データからの波長だけでは、茶畑や果樹園、牧草地などは耕作放棄地と区別しづらいのです。そういう場所でも、教師データを加工して、『耕作放棄地に見えても、こういうときは農地なんだ』と教えることで、徐々にAIの推測の精度が上がっていきました」
ちなみに、耕作放棄地の推測と同じモデルで、耕作状況だけではなく、どんな作物が植えられているかという作付け状況の推測も可能だという。ただし、キャベツやレタス、白菜など野菜の細かい分類は衛星画像データだけで判別するのは難しい。「そのため、一部の地域ではドローンを併用して、野菜1個ずつの生育状況などよりきめの細かい情報提供ができ …