デジタルツインで挑む「コーラは届くのに医療は届かない」問題
限りある医療資源をどう配分していくか。コロナ禍でも明らかになった問題を解決するために、世界の保健医療機関は大企業の「サプライチェーン」の考え方に注目している。デジタルツインや人工知能(AI)を利用した最適化が鍵だ。 by Will Douglas Heaven2022.03.10
保健医療システムの運営は、まるでミツバチを飼うようなものだ。移動式診療所から検査キットまで、何百万というピースを必要な時に必要な場所に配置しなければならない。資源が限られていたり風土病を抱えていたりするような国では、なおさら難しいものになる。
- この記事はマガジン「世界を変える10大技術 2022年版」に収録されています。 マガジンの紹介
だが、必要な場所に必要なモノを届けることは、大企業が常に処理し続けている問題でもある。今、世界の保健医療機関では、そうした大企業の手法を一部採用し始めている。世界の多くの貧困国で、市民が検査や治療を受けやすくなるように、人工知能(AI)を搭載したサプライチェーン管理ツールを活用する動きが始まっているのだ。
医療機関は、どこに新たな診療所を設置し、どのように機器やスタッフを割り当て、どの支出を優先すべきかといったことの見極めにAIソフトウェアを活用している。米国の医療ネットワークでも同様のツールが近々、活用されることになるかもしれない。
世界保健機関(WHO)の2017年の報告書によると、低・中所得国においてHIV、結核、マラリアといった風土病の診断に必要な機器またはスタッフを確保できているのは、診療所の1%、病院の14%にすぎないという。医学雑誌『ランセット』が2021年に設置した委員会は、世界人口のおよそ半数が検査サービスにアクセスできない、またはアクセスが限られた状況にあるとまとめている。仮に検査を利用できたとしても、結果が不正確だったり、結果が出るまでに時間がかかりすぎて治療には手遅れだったりということが多い。
世界の保健医療機関は、大きく俯瞰した視点でこうした欠陥を見てみると、それがサプライチェーンの問題と非常によく似ていることに気がついた。「コカ・コーラ社が世界各地の人里離れた地域にキンキンに冷えたコーラを届けられるのに、我々が医療において同じようなことができないのはなぜでしょうか」。ブロードリーチ・グループ(BroadReach Group)共同創業者で医師のジョン・サージェントはそう問いかける。医療配送企業であるブロードリーチは、AIソフトウェアを活用して世界最大規模のHIVケアおよび治療プログラムの管理を手がけている。そこで使われているツールの一つである「デジタルツイン」は、製品、倉庫、交通網といった現実世界のリソースをバーチャルに投影することで、複雑なプロセスをシミュレーションするものだ。 機械学習アルゴリズムはそのシミュレーションを利用することで、問題を予測して解決策を提示できる。
この数年間で、小売から製造業までさまざまな業種の企業が、現在進行している世界最悪のサプライチェーンの混乱を乗り切るためにデジタルツインを利用し始めている。「少し離れたところから、国全体の医療ネットワークを見たいと思っていました」。FIND南アフリカ代表のハイディ・アルバートはそう話す。「そこからサプライチェーンの考え方に行き着いたんです」。FIND(Foundation for Innovative New Diagnostics)はスイスに拠点を置く非営利団体だ。検査は世界の医療における最大の弱点の一つだと指摘するアルバート代表は、「検査を必要としている人が誰でも検査を受けられるようにすることが私たちの目標です」と話す。
それは、限られたリソースを医療システム全体の中で割り当て、最適化する問題だ。つまり、使えるものを最大限活かすにはどうすればいいか、という問題なのだ。デジタルツインは各リソースとその依存関係をモデル化することにより、一つのサービス内でのギャップを見つけ出し、混乱を予測し、条件を変えてさまざまな可能性のあるシナリオを探ることができる。
FINDは米国に拠点を置くビジネス管理ソフトウェア企業のクーパ(Coupa)と協力し、検査サービスを最適化するためのツールを開発している。クーパはこの …
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