オレゴン州ウィルソンビルにあるESS本社を訪れると、トースターほどの大きさの実験用電池モジュールがまず目に留まる。創業者らが10年前に自社の研究所で開発したもので、世界中の送電事業者が近い将来直面するであろう課題を解決するためのものだ。その課題とは、大規模な「蓄電」だ。
ESSが設計した電池は、現在のリチウムイオン電池とは異なり、安価で豊富に存在し、かつ無害な物質である鉄、塩、水を主な材料としている。それ以外の違いとしては、リチウムイオン電池メーカーが、小型化が進むスマートフォンやノートPCに搭載できるように電池の小型化を目指している一方、鉄電池はバージョンアップするたびに巨大化している点だ。
実際、ESSが現在製造している製品は、これまでの電池とは似ても似つかないものだ。ESSの工場裏側にある搬入口では、社員たちが輸送コンテナをまるまる占める大きさの装置を組み立てている。その一つひとつが、米国の住宅およそ34世帯分の電力を12時間分蓄えられる蓄電能力を持っている。
長期エネルギー貯蔵企業として昨年、初めて株式を公開したばかりのESSは、世界中に工場を建てる野望を持つ。前に紹介したトラックサイズの電池をも凌駕する、巨大電池の開発にもまもなく着手する予定だ。ESSは、電力会社のポートランド・ゼネラル・エレクトリック(Portland General Electric)と共同で、自社工場に隣接する土地に立つ2000平方メートル規模の建物を満たすほどの大きさの電池の建設を計画している。この電池は、ESSが現在出荷している最も大きな電池の150倍近くの容量になると予想されている。
ESSのイノベーションの本質は、電池の大きさではない。化学と工学の力によって、電力会社がより多くのエネルギーを貯蔵できるようになるところにある。4時間分程度の蓄電が限界である、現在の系統連系型リチウムイオン電池では、コスト面から実現できないものだ。
ESSが製造している鉄「フロー電池」は、電力分野の脱炭素化と気候変動の安定化が推進される中、急激に需要が高まっているエネルギー貯蔵テクノロジーの一つだ。現在の送電網はかつての化石燃料に代わり、間欠性のある太陽光発電や風力発電への依存を強めており、ほんの数年前まで2~4時間分程度の電力を蓄える電池を求めていた電力会社は、現在では8時間分以上の蓄電が可能なシステムを求めるようになった。発電する時ではなく、人々が必要とする時に電気を供給するために、より長持ちする電池への需要が高まっているのだ。ESSの創業者たちはこの流れを予測していた。
すばらしき化学反応
ESSの創業者であるクレイグ・エヴァンスとジュリア・ソン夫妻は、2011年に自宅のガレージで鉄フロー電池の開発を始めた。2人は燃料電池を開発する会社で働いていたころに出会った。ESSの最高技術責任者(CTO)を務めるソンは化学者で、社長を務めるエヴァンスはエンジニア兼設計者だ。
2人は、再生可能エネルギーシステムの急激な低価格化を目にし、エネルギー貯蔵の需要が高まると予測した。例えば、太陽光と風力による電力供給が80%を占める送電網では、少なくとも12時間分のエネルギーを貯蔵するための手頃な方法が必要となるだろう。
現在、米国における長期エネルギー貯蔵は、揚水発電が約95%を占めている。揚水発電は、ある貯水池からさらに標高の高い別の貯水池に水を汲み上げておき、後から放出する際、水を再び流下させてタービンを通すことで発電するというものだ。この単純な方法はうまく機能するが、地理的な制約がある。
電池には地理的な制約はない。ただ、現在稼働している送電網規模の電池のほとんどは、リチウムイオン電池だ。リチウムイオン電池は比較的高価で、数年で劣化し、発火や爆発の恐れがあるリサイクルしにくい材料で作られている。さらに悪いことに、蓄電池の容量を2倍にしようとすると、2倍の電池を購入しなければならない。そのため、数時間分以上のエネルギーを貯蔵しようとするとコストがかかりすぎる——米エネルギー高等研究計画局(ARPA-E)のスコット・リッツェルマンはこう指摘する。リッツェルマンは、先進エネルギー技術の研究開発に資金を提供する米国機関であるARPA-Eで、長期エネルギー貯蔵に焦点を当てたプログラムを取りまとめている。
ESSが開発したようなフロー電池は、液体電解質のタンクにエネルギーを蓄積する。化学的に活性化された状態にある液体電解質を、電池の電気化学セルに送り込むことにより、電子を取り出す仕組みだ。フロー電池の蓄電容量を増やすには、この液体のタンクを大きくするだけでいい。電池がビル程の大きさになると、こうしたタンクはサイロ(倉庫)のようになる。
フロー電池の電気化学セル内では、2種類の電解質が薄膜で隔てられている。一方の電解質は、セル内を移動する際に …