「完璧」にはほど遠い
初のマラリア・ワクチンが
人類の希望となり得る理由
WHOは2021年10月、世界初のマラリアワクチンを認可した。1980年代から開発が続いていたワクチンがようやく日の目を見たことになる。このワクチンの効果は高いものではないが、人類にとって大きな希望となる可能性がある。 by Adam Piore2022.03.18
2020年、2億4100万人がマラリアに感染し、およそ62万7000人が命を落とした。マラリアによる感染者および死者の95%を占めるサハラ以南のアフリカ地域では、5歳未満の子どもが死者の80%を占めている。
- この記事はマガジン「世界を変える10大技術 2022年版」に収録されています。 マガジンの紹介
恐ろしい数字だが、ようやく楽観的な見通しが見えてきた。2021年10月、世界保健機関(WHO)はグラクソ・スミスクラインのマラリア・ワクチン、「RTS,S(モスキリックス=Mosquirix)」を承認した。致死性の高いマラリアに対する世界初のワクチンだ。マラリアはマラリア原虫に感染した雌のハマダラカがヒトを刺すことで感染する。一方、ファイザーと共同でmRNAベースの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンを開発したドイツのバイオテクノロジー企業、バイオンテック(BioNTech)は、2022年中にマラリア・ワクチンの臨床試験の開始を目指している。いよいよ流れが変わるかもしれない。
WHOによる承認は、アフリカ全土でのモスキリックスの大規模接種への道を開くものだ。また、モスキリックスは寄生虫用ワクチンとしても世界初であり、マラリアだけでなくさまざまな熱帯病との戦いにおいても重要な転機となる。現在、何らかの寄生虫に感染している人の数は20億人を超えると推定されている。治療法が存在するケースも多いが、感染または再感染を予防するワクチンの開発は、微生物学者らの長年の努力もむなしく、これまで失敗に終わってきた。今回のマラリア・ワクチンの成功は、それが実現可能であることを証明するものだ。
寄生虫は小型の多細胞生物で、大半のウイルスや単細胞病原体の500~1000倍の規模のゲノムを持つ。これにより、免疫反応と対峙した際にも無数の方法で変異することができる。特にマラリアは変装の達人だ。ライフサイクル後期のマラリアは、60種類のタンパク質をどれでも自在に表面に現出させることができる。免疫系による検知を避けるため、表面のタンパク質を切り替えるのだ。
「要するに、人類は進化の最強の成果を相手にしているのです。寄生虫は、私たち以上に人体のことをよく知っています」。ジョンズ・ホプキンス大学マラリア研究所のフォティーニ・シニス副所長はそう話す。「寄生虫は、自分たちがすべきことを実行する方法が分かっています。そして、十分な大きさのゲノムを持っているので、ヒトの免疫系を操作して体内に住み着くことができるのです」。
実際のところ、1987年から試験が実施されてきた今回の新たなマラリア・ワクチンは、効果が特別高いわけではない。ケニア、マラウイ、ガーナの子どもたち80万人を対象にした試験的な接種では、接種から1年間の重症化予防効果はわずか50%程度であり、その後の時間の経過とともに効果は著しく低下した(対照的に、ポリオワクチンの3回接種は99%の感染予防効果を示している)。マラリア原虫が血球に足場を固めた後では相対的に効果が弱まってしまうため、ワクチンは感染直後に中和しなければならない。
それでも科学者たちは、利用価値のある治療法を見出したと考えている。その内容は、生後5カ月から17カ月の間に3回の接種を済ませ、さらに3回目接種から12~15カ月経過後に4回目の接種をするというものだ。ある臨床試験では、殺虫剤を塗布したベッド用のネットや雨季に投与した予防薬など、既存のマラリア抑制策との組み合わせにより、既存の予防薬だけを使用した子どもに比べてマラリアによる死亡率がおよそ70%減少したという結果が出ている。
「命を救うことができます」。ハーバード大学公衆衛生スクールの免疫学者で、マラリアの専門家であるダイアン・ワース教授はそう話す。「研究コミュニティと、研究コミュ …
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