KADOKAWA Technology Review
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テック業界の労働者たちが
団結で「力」を持ち始めた
Adria Malcolm/The New York Times via Redux
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Why the balance of power in tech is shifting toward workers

テック業界の労働者たちが
団結で「力」を持ち始めた

2021年の米国では、記録的な数のテック企業の労働組合が結成された。こうした取り組みは米国だけでなく世界各地で進んでいる。これまで圧倒的な力を持っていたテック企業に対して、声をあげる従業員やギグワーカーたちが力を持ち始めた。 by Jane Lytvynenko2022.02.21

巨大テック企業に異変が起きている。人々の日常生活に極めて大きな影響を与え続けている今、巨大テック企業に説明責任を求める運動は規模を拡大し、その巨大な力の監視を始めたのだ。こうした運動の多くは、テック企業の労働者自身が率いているものだ。巨大テック企業に対してビジネス慣行や労働者の処遇の改善を求め、特にこの1年間は地球市民としての改革運動がかつてない勢いを見せている。

もちろん、テック企業が世界に及ぼす影響への懸念や怒りの声は、目新しいものではない。何が変わったのかと言えば、労働者自身がますます組織的に改革運動を主導するようになってきてたことだ。テック企業の原動力となっている労働者は、公開書簡を書いたり、デモ行進をしたり、裁判を起こしたり、組合を結成したりすることを通して、自ら発言していく機会を作り出している。企業が慣行を改善し、その行動に今以上に責任を負う未来を求めているのだ。

忘れられない1週間

始まりは、フェイスブックのサービス障害だった。2021年10月4日、約6時間にわたって、世界中の35億人ものユーザーがフェイスブックにアクセスできなくなった。フェイスブックにとって、最悪なタイミングだった。そのわずか数時間前に、内部告発者のフランシス・ホーゲンが、フェイスブックは倫理やユーザーの幸福よりも企業としての目標を優先しようとしている、とフェイスブックにとって不都合な一連の情報を暴露していたからだ。フェイスブックの株価は急落した。10月5日火曜日、ホーゲンは米上院商業・科学・交通委員会(United States Senate Commerce Committee)で、3時間半にもわたって毅然とした態度で次のように証言をして、人々の安全性が二の次になっていると訴えた。「フェイスブックは、一貫して利益の優先を選択しています」。

フェイスブックやその他のテック企業の幹部は、ホーゲンの証言が異常な言動と受け取られることを望んでいたかもしれない。しかし、公共政策のコンサルトのイフェオマ・オゾマは、別の計画を用意していた。ホーゲンが証言した翌日、数人の協力者とともに「テック・ワーカー・ハンドブック(Tech Worker Handbook)」というWebサイトを公開した。オゾマ自身、2020年、同僚のエアリカ・シミズ・バンクスとともに、ピンタレスト(Pinterest)での人種差別やジェンダー差別を曝露した内部告発者だ。その後オゾマは、テック業界の内部告発者に勇気を与える存在となっている。「私が初めて告発をした後、何人ものテック企業の労働者から助言を求められるようになりました」とオゾマは言う。彼女は助言を求める数百人に個別対応をしていたが、その方法では「規模の拡大は不可能」と感じた。そこで、オゾマは経験から学んだことをベースにテック・ワーカー・ハンドブックを公開した。初日から3万件ものアクセスがあったという。

テック・ワーカー・ハンドブックは内部告発を考えている人に対して、メディア対応や、法的権利、安全な告発方法を説明している。安全とは、例えば、企業によるインターネットの監視を回避する方法といったオンラインだけのことではない。いわゆる「晒し行為」に遭った時にどのように切り抜けるかといった、オフラインでの戦術も説明されている。テック・ワーカー・ハンドブックのトップページには、「備えこそが力」の文字。続いて、「個人は正義のために、こそこそとした協力関係に頼る必要はありません」と記されている。テック・ワーカー・ハンドブックには、ネット上で大きな称賛が集まり、活動家、研究者、その他の内部告発者からも支持する声が上がった。

テック・ワーカー・ハンドブックの公開からわずか1日、オゾマは企業の説明責任についてもう1つの大きな勝利を収めた。10月7日、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事が州法SB 331に署名し成立したのだ。

SB 331は「Silenced No More Act(もう黙っていない法)」とも呼ばれる。テック業界では多くの労働者が秘密保持契約に署名しているが、SB 331の下では差別や嫌がらせについて声を上げた労働者は保護される。SB 331を起草したのは、カリフォルニア州議会のコニー・M・レイバ上院議員。オゾマも内部告発の経験や政策知識を活かして、策定に加わっていた。オゾマはカリフォルニア州の総人口を指して、「4000万人もの人々が保護の対象となるのは、大変なことです」と言う。「そして、SB 331がカリフォルニア州だけのものになってしまったら、それも大変なことになるでしょう」。

それだけではなかった。オゾマが主導する連合はSB 331の成立と並行して、カリフォルニア州在住の労働者に限定せず、すべての労働者を保護の対象とするように、テック企業に呼びかけた。フィンテック企業のエクスペンシファイ(Expensify)とコミュニケーション・サービス企業のトゥイリオ(Twilio)は同意した。しかし「アップル、グーグル、フェイスブック、電子商取引企業のエッツィ(Etsy)をはじめとしたその他の多くの企業は同意していません」(オゾマ)。

しかし諦めることなく、(オゾマたちの)雇用契約透明性連合(Transparency in Employment Agreements Coalition)は米国証券取引委員会(SEC)のガイドラインの枠組み内で、メタ(旧フェイスブック)やアマゾンといった7つのテック企業に対してすべての従業員をSB 331による保護対象として広げるよう株主決議を求めた。アップルはこの提案を廃案に追い込もうとしたが、2021年12月末、SECはこの提案はアップルが主張する「会社を細目にわたって管理しようとする」ものではないと裁定した。つまり、株主はこの提案に投票できる状態になった。もしこの提案が3月4日の年次株主総会で可決されれば、アップルは差別や嫌がらせの事例において、秘密保持条項をどのように運用するかについて、一般に向けて公表しなければならない。

SB 331は、2022年1月1日に発効した。すべての株主決議が失敗したとしても、カリフォルニア州在住の従業員は秘密保持契約による制約から解放されたことになる。SB 331は、新しい内部告発者が自身の経験を明らかにして前進することを保証していると考えて良いだろう。

「私たちのさまざまな取り組み、告発、団結の動きは、これまでの労働者側の努力を基礎としているものです。今後さらに活動が盛んになり、そうした活動が実を結ぶための素地になっていくでしょう」(オゾマ)。

テックラッシュに根ざした活動

現在のテック業界における労働者の権利擁護や組織化の動きを理解するには、テックラッシュ(巨大テック企業への反発)元年となった2018年を振り返る必要がある。その年、重要なことが3つ起こった。1つ目は、ケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)の従業員による内部告発で、フェイスブックにおけるデータ乱用が明るみに出た。2つ目は、グーグルの数千人もの従業員が、軍用ドローンの性能向上を目的に結成された人工知能(AI)関連のイニシアチブであるプロジェクト・メイブン(Project Maven)に異議を唱えた。3つ目は、アンドロイドの生みの親アンディ・ルービンが不適切な性的不品行(セクシャル・ハラスメント)を告発されて退職したが、9000万ドルの退職金が支払われていたことをニューヨーク・タイムズ紙がすっぱ抜いた。記事がきっかけとなり、世界各地で大規模なグーグル従業員のストライキが起こった。ストライキを呼びかけた1人であるクレア・ステイプルトンは「あのストライキで、誰もが街頭で声を大にして主張できるようになったと思います」と言う。

テック業界における労働者の組織化の取り組みを追跡している「コレクティブ・アクション・イン・テック(Collective Action in Tech)」によると、グーグルの従業員によるストライキ以降、声を上げる労働者の数は年々増えている。以前は、巨大テック企業は友好的な巨人というイメージで捉えられていたが、そのイメージも砕け散った。ステイプルトンは「企業が打ち出す自分自身のイメージと実際のビジネス運営の内実がどれほど異なるか、そして資本家のからくりとはどのようなもので、何をするのか、といったものを人々が理解するきっかけ」になったのが、グーグルの従業員によるストライキの功績の1つだと話す。

2021年、単純に数えると労働者による集団行動の件数は減少した。しかし、コレクティブ・アクション・イン・テックのWebサイト運営を支援するJS・タンとナタリヤ・ネジュベツカヤは、それは集団行動の質が変わったからだと話す。

「2018年と比較すると、労働者の組織化の意味も目標も、かなり現実的になっています」。カリフォルニア大学バークレー校の博士課程生であるネジュベツカヤは言う。「このような基盤形成が見られる1つの理論として、人々は個人では企業とは闘えないと認識しているからです」。

2021年、労働者たちは(書こうと思えば比較的すぐに書ける)公開書簡をしたためるのではなく、組合結成を模索するようになった。組合結成はよく知られているように極めて時間がかかる、骨の折れる作業だ。しかし、組合を作ることができれば、仮にそれが「連帯組合(solidarity unions)」という部分的にしか法的保護の対象とならない形態だとしても、今後に向けた投資になる。コレクティブ・アクション・イン・テックの分析によると、2021年にはテック企業12社で労働組合が結成された。年間の組合結成件数として過去最多だ。コレクティブ・アクション・イン・テックのアイデアの生みの親であるタンは、こうした組合のほとんどは、組合結成が比較的簡単な小規模企業 …

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