1人の警察官が殺人現場にいる。目撃者はいない。カメラ映像もない。明らかな容疑者や動機も見当たらない。被害者のジャケットの袖に、ほんのわずかの髪の毛が付着している。髪の毛からDNAを採取し、データベースで照合する。一致するものはなく、事件の捜査は行き詰まる——。
イスラエルの人工知能(AI)企業「コルティカ(Cortica)」の子会社で、顔認識を手掛けるコルサイトAI(Corsight AI)は、DNAを使って顔のモデルを作成して顔認識システムにかけることで、こうした状況の解決策を提供できると主張している。だが、それは専門家らが科学的に不可能だと考えている方法だ。
2021年12月15日、ニューヨーク市で開催された「インペリアル・キャピタル投資家会議(Imperial Capital Investors Conference)」で、コルサイトのロバート・ワッツ最高経営責任者(CEO)とオファー・ローネン取締役副社長は、投資を募る目的で自社製品「DNAツー・フェイス(DNA to Face)」を発表した。この製品は、動作認識や音声認識を含む同社の全体的な製品ロードマップを構成する一部だ。監視研究グループのIPVMが入手し、MITテクノロジーレビューに提供されたコルサイトのプレゼンテーション資料によると、このツールは「DNAサンプルから採取した遺伝物質を分析することで、身体的プロファイルを構築する」ものだという。
コルサイトは、プレゼンテーションと製品ロードマップに関する質問への回答を拒否した。「我々の活動は会社の機密事項であるため、現時点で報道機関と関わりを持つことはできません」とワッツCEOはメールで回答した。
同社のマーケティング資料からは、コルサイトがそのテクノロジーを政府や法執行機関における利用に焦点を合わせていることが読み取れる。同社の諮問委員会は、元米国中央情報局(CIA)長官のジェームズ・ウールジーと、元米国連邦捜査局(FBI)副長官のオリバー・レヴェルの2人だけで構成されている。
しかしながら、コルサイトのようなシステムを支援するのに必要な科学は、まだ世に存在していない。専門家たちは、コルサイトの製品が、顔認識テクノロジーがすでに引き起こしている倫理やプライバシー、バイアスなどの問題を悪化させるかもしれないと指摘する。さらに心配なのは、コルサイトが意図していることは、業界の将来に向けた野心——顔検知は、たとえ不正確であっても利用可能なあらゆる手段を使って人々を識別しようとする、より幅広い取り組みの一端を担うことを目指す——という前兆を示していることだ。
IPVMのドン・メイは、「IPVMはコルサイトのプレゼン資料を見て、DNAサンプルに紐付いた顔認識製品を商品化しようとしている企業があることを初めて知りました」と述べている。
波乱の過去
コルサイトのアイデア自体は、まったく目新しいものではない。シリコンバレーの有名人クレイグ・ヴェンター博士(分子生物学者で実業家)とピーター・ディアマンディス(起業家)が創設した「ゲノミクスに基づく健康知能」企業であるヒューマン・ロンジェビティ(Human Longevity)は、2017年にDNAから顔を推測したと主張した。当時のMITテクノロジーレビューは、専門家は疑っていると報じた。ヒューマン・ロンジェビティの元従業員の1人は、ゲノムを使って群衆の中から1人の人間を探し出すことはできないと証言する。また、家系図プラットフォーム企業マイヘリテージ(MyHeritage)のヤニヴ・エルリッヒ最高科学責任者(CSO)は、この研究の重大な欠陥を指摘する明確な反論を発表している。
小規模なDNA情報科学企業パラボン・ナノラボ(Parabon NanoLab)は、遺伝的系譜や顔の3Dレンダリング画像が含まれる「スナップショット(Snapshot)」と呼ばれる製品群によって、DNAサンプルから人々の身体的な描写情報を導き出し、司法当局に提供している(パラボンは、当局が探している人物の写真と、同社作成のレンダリング画像を比較したいくつかの事例をWebサイトで公開している)。
パラボンのコンピューター合成画像には、目や肌の色のような特徴に信頼スコアを示した一連のDNA表現型もセットになっている。例えば、探している人物の目の色が青である確 …