秋の収穫を目前に控えた暖かい午後、テキサス州エル・パソから30キロメートルほど離れた郊外で、ラモン・ティレス・ジュニアは、2面の畑の間でトラックを旋回させていた。しかし、畑は土のみに覆われていた。どちらの畑も今頃は綿花がたわわに実を結んでいるはずなだが、そこには何も生えていなかった。しかも、これら30ヘクタールの畑は、ティレスが今年作付けをしなかった約400ヘクタールの畑のうちのほんの一部でしかない。ティレスの綿花畑は、全体の3分の2が空き地となっているのだ。
ティレスは47年間、この地で農業を営んでいる。ティレスが育てるピーカンの木は暑さを好み、谷にある畑の土壌は肥沃だ。しかし水がなければ、すべてが台無しとなる。そしてここ数年は、とりわけ日照り続きだ。
ティレスや近隣の農家が作物に与える水のほとんどは、リオ・グランデ川から引水している。この川は、コロラド州南部の山々からニューメキシコ州を通り、テキサス州とメキシコの国境沿いを蛇行して流れている。しかし、2021年のように雪や雨が少ない年は、水不足に陥ってしまう。ティレスは地下水を汲み上げて不足分を補うこともできるが、それには費用がかかるし、すべての畑にポンプを備えているわけでもない。
この地域の水不足で最も深刻な打撃を受けているのは、ティレスのような農家だ。こうした苦境も地理的に考えれば不思議ではないかもしれない。エル・パソはテキサス州の西端からチワワ砂漠へと突き出たところにある。米国全土の年間降水量は平均で約760ミリメートルであるのに対し、エル・パソの年間降水量は230ミリメートルに満たない。
しかし、エル・パソは昔から水保全のモデル都市とされてきた。人口70万人のエル・パソは砂漠の中でも生き延び、さらには繁栄する方法を見い出してきたからだ。人口増加と気候変動が世界の水資源を圧迫するなか、他の都市は長年にわたりエル・パソの対策を見習ってきた。
エル・パソは、ありとあらゆる正しい対策を実施してきた。市民に節水を促す取り組みを立ち上げ 、淡水化や廃水リサイクルといった水資源を増やすための技術システムも導入した。エル・パソでは、このような取り組みに数億ドルを投資し、その計画性は国際的にも高く評価されている。水道事業会社の元社長が、エル・パソを「干ばつに強い街」とまで断言したことも有名だ。
しかし現在、エル・パソの綿密な計画も、新たに発生した厳しい干ばつを前に困難に面している。気候変動が加速し、世界中の都市が適応しようと躍起になっているなか、技術的な解決策が水の乏しい地域における生活の質を向上させ、人々の流出を防げることは明らかだ。しかし、どのような新たな対策にも犠牲はつきもので、いずれも人を置き去りにしてしまう危険性をはらんでいる。エル・パソや同様の地域が抱える問題が深刻化するにつれて、私たちはどこまで適応できるかを自問せざるを得なくなっている。
バスタブに残る水跡のように、エレファント・ビュート貯水池の岩に残る縞模様にはここでの水位の変遷が刻まれている。この湖はエレファント・ビュート・ダムにより作られた人工湖で、エル・パソから車で北へ2時間ほどの山中にある。コロラド州の山々から流れてきた雪解け水はこの湖へと流入し、下流の川へと放流される。その一部は、アメリカ合衆国開拓局によって、ニューメキシコ州やテキサス州の灌漑地区と呼ばれるさまざまな区域に分配される。そして最終的にティレスの農地のような畑に流れ込むこととなる。
現在の湖の水位は縞模様のはるか下にあり、周りには露出した岩やダムが数十メートルを超える高さでそびえ立っている。昨年10月の時点で、貯水湖の水位は容量の5%ほどしかなかった。
エレファント・ビュート貯水池は100年以上も昔から、以南の河川流域に概ね安定した水を供給してきた。しかし、「現在のように、本当に悪い年が何年も続く場合もあります」とエレファント・ビュート・ダムの発電所長を務めるベン・カルミンソンは言う。そのような場合、貯水湖は空っぽになってしまう。
2020年1月から2021年8月にかけて、アメリカ南西部は歴史的な大干ばつに見舞われた。この地域全体での降水量はわずか430ミリメートル程度で、20年間平均の610ミリメートルと比べると低い数値だ。気候モデルによると、ある年に、2020年の降水量と同量の雨が降る確率は2%程度だという。つまり、2020年の干ばつは50年に1度の出来事だったと、米国大気研究センター(National Center for Atmospheric Research)の気候学者であるイスラ・シンプソン博士は説明する。
シンプソン博士によると、気候変動が降雨不足を引き起こした証拠はないという。乾燥期というのは、時折起こるものだ。しかし、そこに暑さが加われば話は別だ。干ばつの規模も気候変動の役割もより自明のものとなる。
高温の空気は低温の空気よりも多くの水分を含有できるため、気温が高ければ高いほど、より多くの水分が蒸発することになる。この効果を測る方法のひとつが、蒸気圧不足量(VPD:Vapor Pressure Deficit)である。VPDは、空気が含有できる水蒸気の量と実際の含有量との差のことを指す。つまり、VPDが高いということは、空気が水分を欲していることを意味し、干ばつの影響はより深刻になる可能性が高い。つまり、川や湖、土壌、さらには植物からも、より早く水が蒸発してしまう。
気候モデルによると、ある年に2020年に南西部を襲ったレベルのVPDが起こる確率は0.4%程度だという。つまり、200年に1度あるかないかの出来事だ。そして、気候変動さえなければ、このような現象は発生しなかっただろうとシンプソン博士は指摘する。気温の上昇に伴い、高レベルのVPDはより当たり前のものとなり、2020年に観測されたレベルのVPDは、2030年までに南西部で10年に1度の頻度で発生するようになるという。「私たちは今、気候変動の兆候を現実の世界でも認識し始めた段階にあります」とシンプソン博士は言う。
農家がリオ・グランデ川を灌漑用水として利用する一方で、エル・パソ市民の飲む水の多くは、実は地下深くにある帯水層からもたらされている。こうした重要な水源もまた、危機に瀕している。
1979年、テキサス州水資源開発委員会(Texas Water Development Board)は、エル・パソの地下水が2031年までに枯渇すると予測した。当時、エル・パソの市民は1人当たり1日平均760 …