浅川智恵子×古川 享×所 千晴:U35のイノベーターたちに期待すること
Innovators Under 35 Japan 2021の審査員を務めた日本科学未来館の浅川智恵子館長、日本マイクロソフト初代社長の古川 享氏、早稲田大学の所千晴教授が、社会課題の解決におけるテクノロジーの役割と若きイノベーターたちへの期待を語り合った。 by Koichi Motoda2022.01.21
若きイノベーターたちの発掘に関わった専門家たちは、社会課題の解決におけるテクノロジーの役割を今、どう捉えているのか? MITテクノロジーレビュー主催のアワード「Innovators Under 35 Japan 2021」の受賞者を集めたイベント「Innovators Under 35 Japan Summit 2021」(2021年12月16日開催)では、専門家審査に携わった16名の審査員のうち3名が登壇。社会課題とテクノロジーをテーマに、これからのイノベーターたちへの期待を語り合った。
パネリストは、日本科学未来館館長/IBMフェローの浅川智恵子氏、日本マイクロソフト初代社長の古川 享氏、早稲田大学理工学術院 教授/東京大学大学院工学系研究科 教授の所 千晴氏。モデレーターは、MITテクノロジーレビュー[日本版]編集長の小林 久が務めた。
社会課題への視点を持つこと
小林編集長はまず各氏に、本年度のInnovators Under 35 Japanの審査過程や選考結果への感想と、それぞれの「U35」時代の経験談を尋ねた。
ソフトウェア分野の審査を担当した浅川氏は、自らの30代を振り返り、「当時はアクセシビリティやダイバーシティ、SDGsなど、社会課題を表す言葉すらありませんでした」と話した。その上で、「今は若い方々がそういった課題に取り組んでいることがすごいなと感じています。また、(候補者には)ソーシャル・アントレプレナーの方も多くいましたし、時代の変化を強く感じ頼もしく思いました」と感想を述べた。
浅川氏にとっての30代は、コンピューター・インターフェースのCUIからGUIへの移行期にあたり、視覚障害者がどのようにインターネットやコンピューターを活用するかを試行錯誤し、いろいろな研究を始めた頃だったという。35歳ごろに研究した成果が、その数年後にIBMホームページリーダーとして製品化されるなど、浅川氏にとっては「研究の幅が日本から世界へ広がった重要な時期でした」と振り返る。
同じくソフトウェア分野の審査を担当した古川氏は、応募者に対して「社会にとって何が問題なのかということへの気づきが、幅広いことがすばらしいと感じました」と感想を述べた。さらに、すでにそれらの問題に取り組んでおり、「社会に貢献するという視点を持って、その解決に取り組んでいる人たちがこんなにたくさんいることに身震いした」とも話す。
35歳当時、マイクロソフト日本法人の社長だった古川氏は、社長就任時に「自分は0を1にするのは得意だけど、1を10にすることは他の人に任せた方がいいから、5年間で社長を引退する」と宣言したという。そうした経験を踏まえ、35歳で志を持った人たちは自分が一番輝けるフェーズまで頑張って、その後は「まだまだ輝いていながらも引退せざるを得ない、年配の人たちのノウハウをうまく活用できるようになってほしいと思っています」と意見を述べた。
持続可能性/エネルギー分野の審査を担当した所氏は、大学で学生の指導にあたる立場から、「日頃接している学生たちが、35歳くらいまでにこんなに視野が広がって、社会課題を認識するようになることに感銘を受けました」と話す。さらに、持続可能性/エネルギーの分野は非常に息の長い課題であり、他の分野の課題に比べて変化も緩やかであると述べ、「課題に対して、どうアプローチしていくのかが分かりやすく表現できている方が今回受賞されたと感じました」と感想を述べた。
31歳の時に早稲田大学で自身の研究室を持った所氏は、35歳ごろ、自分がやりたいことが継続的に研究できると思えるようになったと語る。そして、「社会の役に立てるのはこれからの研究次第。どんどん出かけて行っていろんな方と会い、一生懸命ネットワークを広げようとしていました」。現在の研究につながる論文を書き上げたのもその頃で、「必死になって書いたものは、本当にその後の糧になると感じています」と語った。
テクノロジーを活用して社会課題を解決していくために
次に小林編集長は、社会課題の解決におけるテクノロジーの役割や、テクノロジーを活用するにあたっての考えについて、各氏に意見を求めた。
自らも視覚に障害を持ちながら、テクノロジーで視覚障害者の社会参加や就労といった課題の解決に取り組んできた浅川氏は、「まだインターネットもスマートフォン、ロボット、AIもなかった私の時代に比べて、今は社会課題解決のめにテクノロジーが果たせる役割はすごく大きいと考えています」と回答。また、当時は障害者支援となると社会貢献的な要素が大きく、ビジネスに結び付かなかった。「今は、ダイバーシティがイノベーションを創出することが、当たり前に語られている時代です。その意味でも、テクノロジーの果たす役割は非常に大きく、私自身、目が見えないハンデを、強みや個性に変えて研究していくアプローチをとっています」(浅川氏)。
古川氏は、受賞者の社会課題への取り組みについて、「MITテクノロジーレビューに評価してもらったことに、大きな価値があります」と語った。「日本の場合は、研究論文の本数などが重要で、その研究が社会でどう使われていくのかについて閉ざされています。私自身も、(2006年から2020年にかけて教授を務めた慶應義塾大学で)大学教授の立場でプロダクトの話をすると、大学は基礎研究をするところだから、下世話な話はやめてくれと釘を刺されました。米国の大学はそれでお金儲けをするんじゃなく、喜んで使ってくれる人を増やすことに一生懸命になります」(古川氏)。
この発言を受けて、浅川氏は「私は『社会実装の壁』と呼んでいるのですが、より多くの方とテクノロジーを実証しようとしても、なかなか受け入れてくれる施設などが見つかりません。研究をビジネスに進めたいと思っても、実際には難しいのが現状ですので、より多くの方と実証実験ができる仕組みを作ることも日本の課題だと思います」と語った。
成果を社会に還元するまでのスパンが長い持続可能性/エネルギー分野ではどうか? 小林編集長がそう水を向けると、所氏は「持続可能性やエネルギーの分野では、自分の研究を世の中の役立てたいと考えるのなら、必ずシーズプッシュではなく、先に社会課題があってニーズから落とし込まなければならないと言われます」と回答。その上で、「シーズは自分の足場であり基礎でもあるので、自分の尖ったテクノロジーは大切にしたいなと思っています。みなさんも、それを大切にしていただきたいと思います」と伝えた。
若きイノベーターたちに向けて
各氏の話を聞いた小林編集長は、一定の研究成果を上げ、それに対してさまざまな意見が集まり、課題が見えてくる意味で35歳は、「自分のポジションや持ち味、得意分野を持つことを固める上でとても重要な時期」とまとめ、最後に三氏が受賞者にエールを送ってセッションを締めくくった。
「これから先、必ず自分よりも賢い人に出会います。その時にはくじけることなく、相手のパワーも自分が吸い込んでやろう、くらいの意志を持って次のステージを作ってください。そうしてコラボレーションすることで、自分のパワーが2倍、4倍にもなっていくでしょう」(古川氏)
「これから先は順風満帆に進んでいくだけでなく、いろんな課題を解決してしなければならないと思います。その時、私は初心の中でも、特に正義感が大事だと思っているのですが、だれでも最初は理想に燃えていたことでしょう。その理想を最後まで大事にしてほしいし、できるだけ多くの人にその理想が理解された人が、本当の成功者なんだと思います」(所氏)
「みなさんはこれから忙しくなります。私は視覚障害があったので、人生における選択肢が少なかったんですね。ですから、あらゆるオファーはオポチュニティと捉えて、ほぼイエスと応えてがんばってきた。今では、その一つ一つが、すべて自分の財産になっています。みなさんも、いろんなところからさまざまな依頼がくると思いますが、できるだけイエスと応えてがんばり、それを財産にしてください」(浅川氏)
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- 元田光一 [Koichi Motoda]日本版 ライター
- サイエンスライター。日本ソフトバンク(現ソフトバンク)でソフトウェアのマニュアル制作に携わった後、理工学系出版社オーム社にて書籍の編集、月刊誌の取材・執筆の経験を積む。現在、ICTからエレクトロニクス、AI、ロボット、地球環境、素粒子物理学まで、幅広い分野で「難しい専門知識をだれでもが理解できるように解説するエキスパート」として活躍。