遺伝子編集されたブタの心臓をヒトに移植
遺伝子編集されたブタの心臓が、世界で初めてヒトに移植された。現在のところ患者の術後経過は良好だという。 by Charlotte Jee2022.01.12
ブタの心臓が、初めてヒトに移植された。メリーランド大学医療センター(University of Maryland Medical Center)は、1月7日、末期の心臓病を患っていた男性患者(デービッド・ベネット、57歳)が、8時間に及ぶ手術で遺伝子を組み換えたブタの心臓の移植を受けた、と1月10日夜に発表した。この手術は、従来の心臓移植は不適合とされていたこの患者にとって、回復のための最後の切り札だった。患者は命に関わる重度の不整脈を患い、手術の6週間以上前から入院していた。「このまま死ぬか、移植を受けるかのどちらかでした」。ベネットは報道向けの声明で述べた。「私は生きたい。一か八かですが、これが最後の望みです」。
移植ができるように、手術に先立ってドナーであるブタの10の遺伝子が改変された。これら遺伝子のうちの3つは、ブタの臓器に対するヒトの拒絶反応に関係しているため無効化された。また、ブタの心臓の免疫受容を制御するために、6つのヒトの遺伝子が挿入されたほか、ブタの心臓組織の過剰な成長を止めるために、1つの遺伝子が無効化された。
さらに、メリーランド大学のチームは、免疫系を抑制し拒絶反応を防ぐ目的の新しい実験的薬剤に加え、手術までブタの心臓が確実に動き続けるように、心臓組織に液体を流し込む新しい機械を使用した。米国食品医薬品局(FDA)は、大晦日に手術を緊急承認したとニューヨーク・タイムズ紙は伝えている。
連邦機関の保健資源事業局(HRSA)によると、臓器の需要は膨大で、米国の移植待機リストには10万7000人近くが登録され、毎日そのうちの17人が亡くなっている。
今のところ、患者の術後経過は良好で、1月11日には生命維持のために付けていた人工心肺装置を外す予定だ。 今後数日から数週間にわたって、患者に拒絶反応や感染症の兆候があるかどうか、極めて綿密な経過観察が続けられる。
動物の臓器や組織をヒトに移植する異種移植プロセスには、往々にして失敗を繰り返してきた長い歴史があるが、新しい遺伝子編集技術によって実行可能なものになりつつある。1月7日の手術において遺伝子編集されたブタは、ヒトに移植することを目的としたブタの臓器開発に取り組むバイオテック企業の1つ、レヴァイヴィコア(Revivicor)から提供された。
レヴァイヴィコアは、2021年10月、ブタの腎臓をヒトに移植する手術の成功にも関わっていた。この腎臓移植手術は、異種移植技術の実行可能性を証明する上での重要なマイルストーンとなった。レヴァイヴィコア以外にも、ハーバード大学の科学者ジョージ・チャーチ教授がイージェネシス(eGensisis)を共同創業し、クリスパー(CRISPR)遺伝子編集を使って、動物の臓器をヒトへ移植できるように取り組んでいる。彼の計画は意欲的なタイムスケールだったが、その実現は道半ばで頓挫している。
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- シャーロット・ジー [Charlotte Jee]米国版 ニュース担当記者
- 米国版ニュースレター「ザ・ダウンロード(The Download)」を担当。政治、行政、テクノロジー分野での記者経験、テックワールド(Techworld)の編集者を経て、MITテクノロジーレビューへ。 記者活動以外に、テック系イベントにおける多様性を支援するベンチャー企業「ジェネオ(Jeneo)」の経営、定期的な講演やBBCへの出演などの活動も行なっている。