カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のある客員研究員が、中国人民解放軍の所属だったことを隠していたとして起訴された。また、あるハッカーは余暇にゲーム会社のサーバーに侵入したとして告発された。ハーバード大学のある教授は中国からの資金提供に関して捜査官に嘘をついたとして起訴され、ニューヨークと香港の間でカメの密輸団を組織していた男性には判決が下された。
長い間、米司法省はこういった事件を取り上げることで、「チャイナ・イニシアチブ」の成功を強調してきた。2018年に始まったチャイナ・イニシアチブはトランプ政権の対中強硬策の目玉であり、中国による経済スパイや米国の国家安全保障への脅威に対する懸念の高まりに対抗することを謳っていた。
だが、MITテクノロジーレビューの調査によると、チャイナ・イニシアチブは今や、当初の使命から大きく外れていることがわかる。経済スパイや国家安全保障に焦点を当てる代わりに、チャイナ・イニシアチブは、中国に関連するあらゆる事案のほとんどを指す総称になっているようだ。中国政府が支援するハッカーや密輸業者、さらには助成金関連の書類で中国との関係をすべて開示していないと告発された学者なども含まれている。これまでにチャイナ・イニシアチブの下で起訴された被告人のうち、有罪判決を受けたのは約4分の1に過ぎず、公開された罪状を持つ被告人の約半数は、まだ出廷もしていないという。
チャイナ・イニシアチブは、米国の司法当局や国内スパイ防止活動の最優先事項であるにもかかわらず、詳細は不明瞭なままだ。特定の国に焦点を当てた初の取り組みとしては異例のことである。司法省はチャイナ・イニシアチブの定義を公表していないうえ、基本的な質問への回答もしていない。そのため、内容を理解することはおろか、評価や監督することも困難だと、多くの市民権擁護団体や議員、学者が指摘している。中国による知的財産権窃盗の脅威は現実のものだが、チャイナ・イニシアチブが対抗策として正しいのかどうか、批判的な意見もある。
MITテクノロジーレビューは2021年12月2日に、数カ月にわたる調査の結果として、チャイナ・イニシアチブの77件の事案と150人以上の被告人の検索可能なデータベースを公開した。完全とは言えないが、このデータベースは同イニシアチブにおけるこれまでの起訴に関する最も包括的な報告だ。
起訴されることを恐れて、すでに一部の有能な科学者たちが米国から出て行き、他の科学者たちも入国や滞在を躊躇するようになっている。科学技術分野における中国や世界中の新しい才能を引き寄せる米国の魅力が危険にさらされていることを、この報告と分析が物語っている。
今回の調査でわかったことは以下のとおりだ。
MITテクノロジーレビューの調査結果は「驚きである」と議員たちは言っている。
司法省は、「意図的に曖昧な態度をとり、具体的な事案を取り上げようとしません」と、カリフォルニア州選出の民主党議員ジュディ・チューは言う。「データを開示するよう請求しても、ほとんど回答がありません。手に入るのは数字だけですが、その数字を見ると驚きます」。
MITテクノロジーレビューがチャイナ・イニシアチブに関するコメントを司法省に求めた2日後、司法省は事案リストを大幅に変更した。数件を追加し、これまでチャイナ・イニシアチブに関連していた39人の被告をWebサイトから削除した。この中には、無効審理の末に判事によって棄却された事件など、政府が起訴を大々的に発表したにもかかわらず失敗に終わった事案が複数含まれている。
米国自由人権協会(American Civil Liberties Union)国家安全保障プロジェクトの専属弁護士アシュリー・ゴルスキーは、MITテクノロジーレビューによる今回の調査の結果は「チャイナ・イニシアチブの裏側にある理論と、実際の起訴が結びついていない」ことを浮き彫りにしているという。
調査結果はさらに、「アジア系米国人や移民のコミュニティに不平等な影響を与えている」ことも示していると、人権擁護団体の「正義を前進させるアジア系米国人(Asian Americans Advancing Justice:AAJC)」の専属弁護士ジセラ・クサカワは言う。「基本的には、国家安全保障の問題が、アジア系米国人コミュニティを標的にする口実として使われているのです」。
「このことは、米国からの頭脳流出と米国への不信感につながるうえ、国家安全保障の見地からは逆効果です」。
MITテクノロジーレビューのデータが示すもの
MITテクノロジーレビューが作成したチャイナ・イニシアチブの事案データベースは、最近削除されたものも含め、過去3年間に司法省のチャイナ・イニシアチブのウェブページに追加されたプレスリリースを中心に構成されている。司法省が発表した情報のほかに、裁判記録や、弁護人や被告人の家族、共同研究者、元米国検察官、民権論者、政治家、チャイナ・イニシアチブを研究する外部の学者への取材も付け加えている。
一方で、本誌を所有するマサチューセッツ工科大学(MIT)が関与する事案や、政府の調査を受けた記者の個人的な経験など、MITテクノロジーレビューの情報公開も考慮しなければならないだろう。MITテクノロジーレビューの調査方法に関する詳細なレポートはこちらに公開しており、透明性に関してもつぶさに記載されている。
MITテクノロジーレビューの分析からわかったことを以下に述べる。
チャイナ・イニシアチブには公式な定義がない
チャイナ・イニシアチブは、司法省の代表的な取り組みの1つと考えられているが、その取り組み内容について実際に同省が明確に定義したことはない。司法省広報室のウィン・ホーンバックル副室長は、「2018年に定めた目標と優先事項以外に、『チャイナ・イニシアチブ』事案の定義はありません」と語る。
司法省の元高官(全容を伝えるためにここでは敢えて名前を伏せる)によると、チャイナ・イニシアチブは司法当局に対し、「現在横行している犯罪について」や、「調査すべき重要な犯罪、および時間と人材を投じる価値がある犯罪」を示そうとしたものだという。
チャイナ・イニシアチブ運営委員会の創設メンバーのアンドリュー・レリング元マサチューセッツ州連邦検事は、「研究者が関与するすべての事案が含まれている」と解釈しており、「技術が中国に渡るような事案は、間違いなくチャイナ・イニシアチブに分類されるでしょう」と述べている。
経済スパイへの注目度は低下している
チャイナ・イニシアチブは、経済スパイ活動への対策に重点を置くとされている。だが、MITテクノロジーレビューのデータベースによると、経済スパイ活動法(Economic Espionage Act:EEA)違反が疑われるのは、77件のうち19件(25%)に過ぎない。経済スパイ活動法は、知的財産を所有しない外部団体に利益をもたらす可能性のある企業機密の窃盗と、窃盗が最終的に外国政府の利益になるという追加的立証責任が要求される経済スパイ活動の両方を対象とする。
チャイナ・イニシアチブの19件のうち、8件は経済スパイ行為を明確に起訴しており、残りの11件は企業機密の窃盗のみを起訴している。
経済スパイ活動法(EEA)に基づいて提訴される毎年の件数に変化はないが、他の分野に焦点が当てられるようになったことで、経済スパイ罪の割合は徐々に減少している。2018年に発表された新規案件の33%(12件中4件)がEEA違反だったのに対し、2020年までの新規案件におけるEEA違反の割合は16%(31件中5件)に過ぎない。
チャイナ・イニシアチブに占める研究不正の事例は年々増加
チャイナ・イニシアチブが掲げた別の目標も、一向に達成されていない。同イニシアチブが発表された2018年、ジェフ・セッションズ司法長官(当時)は、米国の指導者たちに水面下で影響を及ぼそうとする取り組みにも重点的に対抗すると話した。だが、中華人民共和国に委託されて米国議員に影響を与えようとした事案は、共和党全国委員会のエリオット・ブロイディ元財務委員長の1件のみだ。ブロイディ元財務委員長は、2020年10月に未登録の外国代理人としてロビー活動した罪を認めた。ドナルド・トランプ大統領は、その3カ月後の任期最後の日にブロイディを恩赦したが、ブロイディはこれまで恩赦された唯一のチャイナ・イニシアチブ関連事案の被告だ。
「研究不正」への注目が高まる
経済スパイ活動法に違反する事案の割合が減少する一方、同事案77件のうち23件(30%)は「研究不正」に関する問題だ。こういった事案の多くでは、中国との関係や収入源を様々な形で完全に開示していないとして、学者が起訴されている。ただし、被告人たちが意図的に中国との関係を隠そうとしたものなのか、それとも不明確なルールの結果なのかは、弁護人や外部の評論家によ …
- 人気の記事ランキング
-
- These AI Minecraft characters did weirdly human stuff all on their own マイクラ内に「AI文明」、 1000体のエージェントが 仕事、宗教、税制まで作った
- Google’s new Project Astra could be generative AI’s killer app 世界を驚かせたグーグルの「アストラ」、生成AIのキラーアプリとなるか
- Bringing the lofty ideas of pure math down to earth 崇高な理念を現実へ、 物理学者が学び直して感じた 「数学」を学ぶ意義
- We saw a demo of the new AI system powering Anduril’s vision for war オープンAIと手を組んだ 防衛スタートアップが目指す 「戦争のアップデート」