原 研哉インタビュー「世界は遊動の時代へ」
原研哉。日本を代表するデザイナーの1人であり、国内外を問わずさまざまなジャンル、規模のプロジェクトに参画している。一方で、デザイナーという立場から、企業だけでなく社会全体に目を向け課題解決の提案をし続ける。コロナ禍を経験した世界、そして日本におけるこれからの社会について、原氏の考える3つのキーワードを軸に話を伺った。 by MIT Technology Review Japan2021.11.18
無印良品のアートディレクション、蔦屋書店、GINZA SIX、森ビルなど、多彩な企業やブランドのVIやロゴデザインなどを手がける、グラフィックデザイナー、原研哉氏。デザイン活動に加え、家を起点にこれからの暮らしや都市の未来を考える展示会『HOUSE VISION』、日本特有の風土を取り上げて自ら取材に赴きビジュアルとテキストでその潜在的な魅力を掘り下げる『低空飛行』といったプロジェクトを実施して、デザイナーという立場から未来に向けての提案を行っている。
- この記事はマガジン「Cities Issue」に収録されています。 マガジンの紹介
「家」という存在はさまざまな産業の交差点
HOUSE VISIONでは、参加企業がパビリオンとして原寸サイズの家を設置する。各コンセプトを実際の家として体現することで、家に対する潜在的な課題や欲望を可視化し、未来を考える。
「もともと生活とか暮らしに興味があって、『家』にたどり着いたんですけれど、HOUSE VISIONをやってみて分かったのは、家という存在はいろいろな産業の交差点だということでした。
以前は、ハイテク製品のメーカーだけがスマートハウスの話をして、医療関係者だけが遠隔医療の話をして、電力メーカーがエネルギーの話をして、自動車メーカーだけがモビリティの話をしていました。これでは、いつまでたっても未来にはたどりつかないんです。家というものを中心に据えると、それはプラットフォームとしてすべてのジャンルを交差させることができる。家の中に、エネルギーも移動も、通信も物流も、先端医療も、コミュニティや高齢化社会の問題までも…、つまり社会課題が全部入ってくるのです。だから家を考えるということは、まさに未来を考えることに一番近い。そして、異なるジャンルの企業が交わりやすいんです」
2013年に開催した『HOUSE VISION 2013 TOKYO EXHIBITION』では、「新しい常識で家をつくろう」というテーマで、蔦屋書店やホンダなどのむしろ住宅メーカーではない企業が多く参加。さらにデザイナーとコラボレーションすることで、「住む」ことに対する新しい提案が各所でなされた。2回目となる『HOUSE VISION 2 2016 TOKYO EXHIBITION』では、その傾向はより顕著となる。
「2回目のテーマは『分かれてつながる離れてあつまる』になりました。今は家族の人数が限りなく少なくなっていて、1人の状態が圧倒的に多い。昔のように直系の家族三世代がみんなで一緒に住んでいるような家は減り、核家族で子どもが1人、子どもが独立すれば夫婦2人、離婚してしまえば1人ずつになるといった具合に、どんどん1人になっていく世の中です。
一方で、スマートフォンを始めとするテクノロジーによって、人と人のつながり方も多様になっています。すると、そういった通信サービスそのものが、新しい家族の形を作っていくようになるかもしれない。分断され切ったインディビデュアルを、“コ・ディビデュアル”としてもう一度まとめていく。それを実現していくテクノロジーとは何なのかといったところにも注目しました」
新たな文脈の中に家を置くと未来の姿が見えてくる
HOUSE VISIONに多様な企業が参加することで、従来の住宅建築には課題が残されたままになっていることも、より鮮明になってきたと原氏は言う。
「たとえば、60階建てのビルを建てたとします。50階に住む住人が郵便物を取りに1階まで降りるとか、宅配便の人が荷物を届けてくれたときについでに48階の荷物も届けようとすると『誰の許可を取って入っているんだ』とクレームされ、いったん1階に降りて入り直さなくてはならない。そんなことが起きるのであれば、60階建てのマンションという構造は間違っているという話になります」
HOUSE VISION 2ではヤマトホールディングス×柴田文江氏の『冷蔵庫が外から開く家』が展示された。家の外からも中からも開ける冷蔵庫や収納を壁に配し、さまざまなものをやり取りするというところから着想したものだ。
「物流から未来をつくろうとすると、冷蔵庫は家の外からも直接開けたほうがいいといった発想が生まれます。家には、人が出入りするためのドアだけなく、食料品や衣料品、クリーニングサービスなど、いろいろなものが出入りするドアがあったほうがいいかもしれない」
この着想はHOUSE VISIONの研究会の中で鈴木健氏の提言から生まれたものだが、原氏は、こういった生活の変化から生まれてくるアイデアに未来のヒントがあると説明する。
「各ドアを通過したものをセンシングして分析すると、その家のアクティビティがほぼ把握できるようになります。そう考えると、これは在宅医療の話にもつながってくる。必要な情報がきちんとセンシングできる環境になっていれば、家と病院はそんなに変わらないかもしれません。コロナ禍において自宅治療が問題になりましたが、病気になって病院に行く理由は、そこには医療サービスがあり、モニタリングシステムがあるからです。モニタリング機能を家にも持たせられれば、病院の機能の一部は家で代替できます」
3回目は開催場所を中国・北京に移し、『HOUSE VISION 2018 BEIJING EXHIBITION』として開催。ハイテクノロジー分野で躍進めざましい中国を牽引する企業が参加した。
「テクノロジーの進展が著しい中国の都市は、東京とは異なる物理環境で動いている印象でした。都市部に人が集まってくるけれども、家賃が高いので所得が低い若い労働者たちにとって住む場所が豊かとは決して言えない。ハイテクビルが建ち並び、eコマースが加速する一方で、厳しい居住環境で生活している人々も少なからずいる。そんな北京では『新重力』というテーマ、つまり中国というまったく新しい環境の中で住宅を考えていく展示となりました」
アジアという枠組みに広がったHOUSE VISIONの次のステージは、韓国。新型コロナウイルスのパンデミックの影響で実施が遅れたが、2022年の開催が予定されている。今回挑むテーマは「農」だ。
「農業というと、農作物を育てることや、土壌環境を整えることなど、いくつか …
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