インフォシーク創業者が反ワクチン陰謀論の「英雄」になるまで
テック界の億万長者であるスティーブ・キルシュは、新型コロナに効き目のありそうな既存薬の治験に資金を提供していたが、エビデンスのない薬にのめりこみ、反ワクチン活動を展開した挙句、自身が任命した科学諮問委員会から見限られ、CEO職も辞することになった。 by Cat Ferguson2021.11.16
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが始まった当時、世界では新しい治療法やワクチンの開発に何十億ドルもの資金が投じられていた。そんな中、シリコンバレーのベテラン起業家であるスティーブ・カーシュは、それまでと同じやり方で仕事をしていた。それは「不人気馬」を探すことだった。
インターネット初期の検索エンジンで、現在のグーグルのような存在であったインフォシーク(Infoseek)の創業者として財を成して以来、カーシュは人類最大の脅威との闘いに数千万ドルを費やしてきた。因習を打破するようなやり方を好み、小惑星の探査に直接出資してみたり、地球温暖化の対策として原子力発電に支持を表明したりしてきた。
カーシュは、既存の薬の中から新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬を探すという方針を、2020年3月までに固めていた。カーシュの考えは理にかなっていた。当時、ほとんどの専門家はワクチン開発に数年を要すると見ており、安全性がすでに確認されている薬で有効なものが見つかれば、短期間で当局の承認が得られる可能性があったからだ。
そうした分野には政府の支援がほとんどなかったため、カーシュは私財から100万ドルを投じて、「コビッド19早期治療基金(Covid-19 Early Treatment Fund:CETF)」を設立した。シリコンバレーの名士からも寄付を集めた。CETFのWebサイトの寄付者欄には、セールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフ創業者やイーロン・マスクがそれぞれ設立した財団の名がある。過去18カ月の間に、米国食品医薬品局(FDA)が他の病気について承認済みの薬を用いて新型コロナウイルス感染症に対する薬効を調べた研究者に対し、CETFから少なくとも450万ドルが提供されている。
そうした活動の結果、抗うつ剤の「フルボキサミン」という1つの有望な候補が現れた。CETFの助成を受けたそれ以外の研究は成果が芳しくなかったが、CETFに参加した研究者たちに言わせれば驚くことではない。どんな薬でも治験のほとんどは失敗に終わるのだ。
しかしながら、CETFに関わった科学者の多くは、同基金が出資した研究に対して、成否にかかわらずカーシュが示した反応に警戒感を抱いた。例えば、抗マラリア薬であるヒドロキシクロロキンの治験では新型コロナに対する薬効が示されなかったが、カーシュはその結果を受け入れようとしなかった。試験デザインに不備があるとか統計的な誤りがあると言って研究者を非難した。
さらに、「フルボキサミンやイベルメクチンのような薬に反対する運動」とカーシュが称するものに対し、公然と批判している。CETFの科学諮問委員会の3人の委員によると、フルボキサミンが新型コロナウイルス感染症に効くという最終データが出ていないにもかかわらず、臨床で使えるようにするために圧力をかけてきたという。
最近では新型コロナワクチンに対して極端な言説を展開し、ワクチンが「有毒」であると主張している。カーシュはFDAの公開討論会で、mRNAワクチンを接種された人の1000人に一人が亡くなっていると述べただけでなく、ワクチンは「救済効果よりも死亡させる効果の方が大きい」と主張した。この主張を最初に報じたのは、デイリー・ビースト(Daily Beast)だった。
カーシュが反ワクチン活動にさらにのめり込んでいくと、仕事上の付き合いがあった人々がどんどん距離を置くようになっていった。2021年5月には、彼の危険な主張や一貫性のない行動を理由として、CETFの科学諮問委員会の委員12人が全員辞任した。夏になると、カーシュが最近立ち上げたスタートアップ「M10」にまでそうした対立の余波が及んだ。M10の取締役会は、反ワクチンの発言を控えなければ会社にとどまることはできないとカーシュに勧告。9月、カーシュはM10の最高経営責任者(CEO)を辞任し、取締役会からも姿を消した。
かつて科学の推進に力を入れていた男が、どのようにして、自身が出資していた研究を損なうような誤った情報の発信源になってしまったのだろうか。
滑り出しは順調だった
カーシュがCETF設立の際にやったことの多くは正しかった。研究提案を吟味するため、著名な生物学者や薬剤開発者、臨床研究者から成る強力な諮問委員会を立ち上げ、薬学者として世界的に著名なジョンズ・ホプキンス大学のロバート・シリシアーノ教授をトップに据えた。デイリー・ビーストによると、CETFは501(c)(3)団体のロックフェラー・フィランソロピー・アドバイザーズ(Rockefeller Philanthropy Advisors)から非営利団体としての立場を借りており、資金面でも支援を受けていた。
501(c)(3)団体とは、内国歳入庁の認証を得て、非営利法人として寄付行為に対する税制上の優遇措置が認められている団体。なお、MITテクノロジーレビューの新型コロナ関連の報道を支援しているロックフェラー財団は、ロックフェラー・フィランソロピー・アドバイザーズおよびCETFとは無関係である。
どの研究を助成するかの最終決定権はカーシュにあったが、私が話を聞いた人間の誰一人として、助成対象の研究や選考理由について懸念を示した人物はいなかった。
「私がCETFの科学諮問委員会への参加を決めた理由の1つは、シリシアーノ教授を非常に尊敬していたからです。コンセプトも素晴らしいと感じました」。諮問委員会の元メンバーの一人であるダグ・リッチマンはこう話す。リッチマンはカリフォルニア大学サンディエゴ校の教授で、高名な抗HIV薬研究者である。「私たちは研究提案を厳しく審査したと思います」。
CETFの最初期の助成対象の1つに、抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンの調査があった。ミネソタ大学の研究者であるデビッド・バウルウェア教授は、新型コロナウイルス感染症に対するヒドロキシクロロキンの薬効を確かめるため、12万5000ドルの助成を受けた。その結果は最終的に、既存の科学界とカーシュとの対立を決定的なものにすることになる。
「パンデミックが始まった頃、スティーブ・カーシュは非常に有用な仕事をしていました。米国政府の支援が届いていなかった時期に、初期の治療薬の治験に力を入れていたのです」とバウルウェア教授はメールで教えてくれた。
2020年のほとんどの時期において、根拠の薄い話や正しくない研究に基づいて、ヒドロキシクロロキンが新型コロナウイルス感染症の治療薬として広く処方されていた。バウルウェア教授の治験は、新型コロナウイルス感染症の標準的な治療法を支えるエビデンスを積み上げようという広範な活動の一環だった。また、ヒドロキシクロロキンに新型コロナウイルス感染症に対する有効性がないことを示したいくつかの治験の1つでもあった。
だがそうした混乱のせいで、懐疑派が育ちやすい土壌が生まれた。現在イベルメクチンやワクチンの誤情報を拡散している著名人の中には、ヒドロキシクロロキンの普及活動がきっかけとなった人々もいる。そうした活動には、バウルウェア教授のデータ分析の「嘘を暴く」という主張も含まれていた。
カーシュは実際の治験候補薬を直接知る立場にあった。しかし、それにもかかわらず、ヒドロキシクロロキンのデータを「正しく」解釈すれば効果があることになると確信してしまった。
バウルウェア教授はそうした解釈に異議を唱える。そして、カーシュの助成活動は重要だが、薬やワクチンに関する発言には問題があることが分かったと話す。「いくつかの治療薬のデータに関する彼の解釈には同意できませんし、反ワクチン的な馬鹿げた主張にもまったく賛同できません」とバウルウェア教授はメールでこうコメントした。
私はバウルウェア教授に電話インタビューを申し出たが、応じてもらえなかった。同教授は、ヒドロキシクロロキンやイベルメクチンに関する研究で嫌がらせを受けていたことが、最近のマザー・ジョーンズ(Mother Jones)の記事で判明している。
数カ月前に、カーシュはヒドロキシクロロキンの普及活動を突然中止した。さらに、ヒドロキシクロロキンはCETFの正式な助成対象リストからも削除された。ヒドロキシクロロキンに関わり続けると「自分の信用が即座に地に落ちる」との助言があった、と彼の個人的なWebサイトには記されている。
もっと有望な候補
しかしながら、ヒドロキシクロロキンよりもはるかに有望な結果が得られた別の助成研究があった。ワシントン大学セントルイスの薬学研究者たちが、非常に小規模ではあったが、プラセボを対照とした治験の費用として6万7000ドルをカーシュに依頼してきた。彼らは、多くの重い症状を引き起こす免疫暴走を抑制する力が、抗うつ剤のフルボキサミンにあるという話に基づき、新型コロナウイルス感染症と診断された患者に、できる限り早く抗うつ剤のフルボキサミンを投与していた。
2021年10月、この研究グループは結果を公表した。プラセボを与えたグループの患者数人が最終的に入院したが、フルボキサミンを与えた患者で入院を要するほどの症状を示した者はいなかったというのだ。
CETFは11月に、第3相臨床試験の費用としてこのグループにさらに50万ドルを追加で資金供与した。第3相試験では薬効の最終的な結論が示される可能性がある。治験は現在完了しており、研究グループがデータを分析中だ。ほかにも世界各地で複数の治験が最終段階にある。
しかし、そうしたプロセス全体がカーシュにとっては遅すぎたようだ。フルボキサミンの最初の治験結果が出た直後、査読あり学術誌誌に掲載される前に、カーシュはミディアム(Medium.com)に「誰も話したがらないが常時有効な、すばやく簡単で安全かつシンプル、低コストの新型コロナ解決策(The Fast, Easy, Safe, Simple, Low-Cost Solution to COVID That Works 100% of the Time That Nobody Wants to Talk About)」という記事を寄稿した。
ミディアムは、デマを広めたとしてカーシュの投稿を禁止した。彼はそれに対し、「ミディアムが私のアカウントを永久停止した。私の罪、それは真実を語ったことだ。皆さんもご用心!」とツイートした。
それ以来、カーシュはイベルメクチンやヒドロキシクロロキンとともに、フルボキサミンを普及させようとしている。薬学分野の専門家からほとんど賛同を得られ …
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