見る、操作する——
神経科学で解明された
「記憶」をめぐる5つの疑問
光遺伝学や高度な画像テクノロジーの発達により、記憶の形成メカニズムに関する知見がもたらされた。記憶の可視化だけでなく、操作さえ可能になっている。 by Joshua Sariñana2021.10.08
人間の脳には860億個のニューロン(脳を構成する神経細胞)が存在する。その1つ1つが数千もの接続部を持ち、数百兆ものシナプスを生み出している。シナプスはニューロン間の接合部位で、そこには記憶が保存されている。脳内には膨大な数のニューロンとシナプスが存在するため、特定の記憶が存在する正確な位置を見つけ出すことは科学的な難題だ。
記憶がどのように形成されるかの解明は、最終的には自分自身についての理解を深めることにつながり、精神的な鋭敏さの維持にも役立つかもしれない。記憶はアイデンティティ形成に役立ち、記憶障害は脳の障害を示している可能性がある。アルツハイマー病はシナプスを破壊し、記憶を奪う。依存症は、脳の学習と記憶を蓄える中枢が機能しなくなる。そして、うつ病などの精神疾患では記憶障害が見られる。
神経科学は、多くの点で記憶の本質を明らかにしてきた。それと同時に、記憶とは何かという概念を一変させた。以下に挙げる5つの問いで、これまでどれだけのことが解明されたのか、どのような謎が残っているのかを紹介する。
脳の記憶を可視化できるのか?
神経科学者は何十年もの間、脳内の記憶の基本的な輪郭を観察してきた。しかし、記憶痕跡(memory engram)と呼ばれる脳内に残っている記憶の物理的痕跡を見られるようになったのは、つい最近のことだ。記憶痕跡は接続し合うニューロン群に蓄積されている。記憶痕跡を持つニューロンを発光させることで、特殊な顕微鏡でそのニューロンを観察できる。
神経科学者は現在、記憶痕跡を保持するニューロン群を人為的に活性化して新しい情報を挿入することで、記憶痕跡を操作できる。また、そのような手法を使うことで、さまざまな種類の記憶がどのように機能するのか、それぞれの記憶が脳のどの部分に記録されているのかについても明らかになってきている。
「自伝的エピソード記憶(episodic autobiographical memory)」は、いつ、どこで、何が起こったかを記憶している。この記憶の形成には、タツノオトシゴのような形をした海馬という部位が大きな役割を果たしている。「手続き記憶」は、自転車に乗るといった習慣的な行為を実行する方法を記憶している。この記憶は、大脳基底核の働きに支えられいる。依存症の人の場合、大脳基底核が機能不全に陥っている。そして、「意味記憶」は、州都の名前といった事実を思い出せる記憶で、大脳皮質に保存されている。
どのようなツールで可視化できるのか?
19世紀末に卓上顕微鏡で個々のニューロンを識別できるようになり、科学者は脳の様子を驚くほど詳細に描写できるようになった。20世紀半ばには高性能の電子顕微鏡を使って、わずか数十ナノメートルの大きさ(ウイルス粒子の大きさ程度)のシナプス構造を見ることが可能となった。21世紀に入る頃には、神経科学者は2光子顕微鏡を使用して学習中のマウスのシナプス形成をリアルタイムで観察した。
遺伝子工学の驚異的な進歩により、脳内外で遺伝子を交換し、遺伝子を記憶機能に関連づけることが可能になった。科学者はウイルスを使ってクラゲに …
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