愛する人の顔を見た時に、私たちの脳内で起こっていること
誰かを認識する時、脳の内部では瞬時に多くのことが起こっている。ただ、私たちはそれを意識していない。 by Tate Ryan-Mosley2021.09.29
アダムがこっちに向かっている。
私のアパートにはドアベルがないので、アダムはいつも到着する2分前に電話をかけてくるが、あと2分で着くとは決して言わない。すでにドアの前にいると言う。私がドアを開ける前にいつも、何かを終わらせようとするのを知っているからだ。
シャワーの音越しに電話の着信音が聞こえる。プラスチックのカーテンの向こう側に手を伸ばす。午後6時31分だ。
「やあ、着いたよ」と彼は言う。
しまった。
0ミリ秒:頭の上にタオルを鳥の巣のように巻いた状態で階段を駆け下りる。窓越しに彼の顔の輪郭が見える。アダムの見た目は金融業界で働くヴァイキングのようだ。彼が微笑み出すのが見える。
40ミリ秒後:日焼けした、無精髭の、少年のような顔が見える。
50ミリ秒後:彼の顔の輪郭、小さな明るいアーモンド形の目、(私の目には可愛く映る)出っ歯、髪の生え際を認識する。
70ミリ秒後:目尻にしわが寄り始め、小さな溝をつくる。力強い額には、彼の性格とは異なる好戦的な男らしさが感じられる。
90ミリ秒後:階段の上から見てもアダムだと分かる。
400ミリ秒後:私はアダムの髪が薄くなり始めていることに気付いている。薄毛になりつつあるかを尋ねて、初めて喧嘩になった時のことを覚えているからだ。彼が1週間おきにアパートに置いていく髭用オイルのパチョリの香りがドア越しにかすかに漂う。仕事にそれぞれ行く前に一緒に過ごしていた朝を思い出させる香りだ。
お互いに笑顔を見せ合い、私は2人の間にある2つのドアの鍵を開ける。頬にキスし合う。ハグをする。
「どれだけ待ったの?」私は尋ねる。
「今着いたところ。2ブロック離れたところから電話したんだ」。
0ミリ秒:
アダムの顔に反射した光が、私の網膜に吸収され、視神経を通じて外側膝状体(LNG)という視覚の中継センターに信号を送る。ここから、視覚情報が脳の別の部分に送られる。LGNは脳の視床に位置する。視床は、脳幹の上にある小さな領域であり、知覚情報を脳の中枢である大脳皮質に送る。
40ミリ秒後
LGNは、両眼からの視覚情報を組み合わせて、私が今見ているものを信号に変換し、視覚野に伝える。
50ミリ秒後
視覚野はドアの外側の私が見ているものを感知する。
70ミリ秒後
側頭葉の後部にある、後頭葉顔領域(OFA)、紡錘状回顔領域(FFA)、上側頭溝(STS)から成る顔パッチと呼ばれる構造が、私が今見ているものが顔だと判断し、性別と年齢を分類し始める。
90ミリ秒後
顔パッチはこの顔が1人の人間のものだと認識し、それを私がこれまでに見たことがある顔と比較する。
400ミリ秒後
この時までに脳は、記憶や感情が蓄積された前頭葉、頭頂葉、側頭葉を使い、アダムの顔に見覚えがあるかどうかを判断する。感情制御の大部分を担う扁桃体もこれに関与する。これらの領域が連携し、彼に関する情報を私に思い出させる。
◆
上の図は、MITマクガヴァン脳研究所のナンシー・カンウィッシャー教授とカタリーナ・ダブスの研究に基づいています。2人は、人間が顔を認識する仕組みについて、現在の主要な理論の1つを提唱しています。
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- テイト・ライアン・モズリー [Tate Ryan-Mosley]米国版 テック政策担当上級記者
- 新しいテクノロジーが政治機構、人権、世界の民主主義国家の健全性に与える影響について取材するほか、ポッドキャストやデータ・ジャーナリズムのプロジェクトにも多く参加している。記者になる以前は、MITテクノロジーレビューの研究員としてニュース・ルームで特別調査プロジェクトを担当した。 前職は大企業の新興技術戦略に関するコンサルタント。2012年には、ケロッグ国際問題研究所のフェローとして、紛争と戦後復興を専門に研究していた。