人間の頭の中には、大部分が脂肪と水から成る1.4キログラムほどの塊、つまり脳がある。私たちは非常に現実的な意味で、すでに知っていることやこれから知ることの根源を脳に見出せる。脳が宇宙から生まれたのは確かだ。だが脳のない宇宙、もっと言えば意識のない宇宙など、存在価値はないだろう。脳や意識がなければ、深遠な謎を理解したり、味わったり、探求することはできない。それこそが、今回の特集で扱う内容だ。私たちの両耳の間にあるものを理解しようとすること。同時に、私たち自身について理解を深めることである。
ここで、やんわりと警告しておこう。ここから先はショッキングな内容が含まれている可能性がある。リサ・フェルドマン・バレットが本シリーズ冒頭のエッセーで述べている通り、人間の脳が心を生み出している具体的な理由は、身体を維持し、環境に対応させることにある。バレットはこう記している。「私たちの脳は考えたり、感じたり、見たりするために進化したのではない。体の調節をするために進化したのだ。私たちの思考や感情、感覚、その他の精神的な能力は、そうした調節の結果である」。そう、私たちの心は基本的に、人体を自分の住処とするためにフィクションを生み出しているのだ。
ネイサン・マギーは、幻覚がどういうものか多少は理解している。幼少期からPTSDに苦しんでいた彼は、幻覚剤のMDMAに治療効果があるかどうかを調べる臨床試験に40代で参加した。その結果は、まさに革新的なものだった。「今では人生は耐え忍ぶものではなく、探求し、感謝するものだと考えるようになりました」。マギーが臨床試験で体験したことにシャーロット・ジーが迫ったインタビューの中で、マギーはそう述べている。
同じように、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで疲弊している私たちに、ダナ・スミスがいいニュースを持ってきてくれた。人間の脳は、社会的距離の維持やズームでの面会によって間違いなくダメージを受けているが、回復力も非常に優れているのだ。少々時間はかかるが、「パンデミック脳」はやがて治癒する。
ニール・パテルが述べているように、脳で色々試行錯誤してみるのも楽しい。パテルは、自分が10代の頃に開花させた明晰夢を見る能力について書いている。明晰夢の科学的な解明はまだ途上だが、創造力を解放したり、恐怖や心の傷に対処するのに有効であることは分かっている。
精神的な力が、私たちが「現実」と信じているものに力を及ぼす一番の例が、夢なのかもしれない。作家のマシュー・ハトソンは、人間の認知をテーマとした新刊3冊を取り上げた書評において、1人の著者の言葉を引用している。「私たちは皆、常に幻覚を見ているとさえ言えるかもしれません。その幻覚についての意見が一致するとき、私たちはそれを現実と呼ぶというだけなのです」。
「意識がある」という言葉の意味は、いまでも議論の対象となっている。私たちは長きにわたって、「意識のある動物は人間だけ」という考え方に固執してきた。それは脳に対する誤解のひとつであり、デビッド・ロブソンとデビッド・ビスカップがそうした誤解を漫画で表現している。意識は定義が難しいだけでなく、測定するのも至難の業なのだ。しかしながら、ラス・ジャスカリアンが書いているように、今ではヒトの意識を測定する「意識計測機」なるものが存在する。
ウィル・ダグラス・ヘブンは最近、「シリコンの中の意識」について考えを巡らせている。意識を持った機械が誕生した場合、人間がそれを知る方法はあるのだろうか? ダン・フォークは、そもそも脳をコンピューターと見なすかどうか研究者たちに問いかけている。そしてエミリー・マリンは、莫大なコストをかけて、これまでにないほど詳細にヒトの脳を調べようとした2つのプロジェクトを振り返った。そのうちの1つのプロジェクトは、ゼロから脳をシミュレーションするものだった。
灰白質を直接観察しなければ、心がテーマの特集としては不完全になってしまうだろう。奇形の脳の標本コレクションを紹介した写真エッセーは印象的であり、たくさんの脳を見ることができる。そうした写真はちょっと苦手という方は、ボーイフレンドの顔を見たときに脳内で起きたことを図入りで解説したテイト・ライアン・モズリーの記事がおすすめだ。そして最後には、ちょっと珍しい記事もある。MITテクノロジーレビューのニュースエディターであるニアル・ファースが、自ら厳選した詩を紹介している。神経細胞を刺激し、私たちが「現実」と呼んでいるものについて新たな目を開かせてくれること間違いなしの作品ばかりだ。