イベルメクチン狂騒曲、馬用ペーストまで買い占めの大混乱
イベルメクチンで新型コロナウイルス感染症を治療できるとの噂がネット上で流布している。以前からイベルメクチンを正当な理由で使用している人々は、自身の言説が反ワクチンデマの片棒を担がされていることに戸惑いを隠せない。 by Abby Ohlheiser2021.09.13
絶大な人気を誇るポッドキャスト配信者のジョー・ローガンは、自身が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療のために服用している実験薬カクテルの材料のひとつとして、イベルメクチンを紹介した。この時すでに、イベルメクチンはミームと化していた。ローガンがポッドキャストを配信する何週間も前から、イベルメクチンは新型コロナウイルス感染症をめぐる言い争いの火種となっていたのだ。イベルメクチンは実験段階の新薬などではない。ある種の酒皶(しゅさ:顔面の赤みやほてりを引き起こす皮膚疾患)の治療などに、以前から一般的に用いられてきた薬だ。何年も前から服用してきた人々からすれば、唐突に悪名をとどろかせるようになったのは想定外だし、迷惑な話だ。
8月には、保守系メディアで大々的に宣伝されたことで、経口摂取のイベルメクチンの処方が激増した。このデマに加担したトランプ支持者の医師たちは、反ワクチン界隈でも高い人気を誇る。反ワクチン、反マスクのラジオ司会者フィル・バレンタインは7月に、ワクチンを拒否する人々は「イベルメクチンを処方してくれる医師の番号を短縮ダイヤルに登録しておこう」と、フェイスブックに投稿した(彼はのちに新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染して亡くなった)。
イベルメクチンの処方箋をもらえなかった人々は、アマゾンや畜産用品販売店などで、馬用の駆虫薬ペーストを買い漁った。米国疾病予防管理センター(CDC)は、新型コロナウイルス感染症の「治療薬」としてイベルメクチンへの関心が高まると同時に、この薬の使用による有害作用で毒物管理センターへの電話の件数が急増していることを確認した。電話してきた人は、塗り薬を経口摂取したり、大型動物用に獣医師が調合した薬を服用したりした人々だった。こうして、イベルメクチンへの関心の高まりは、深刻に警戒すべき事態となった。反ワクチン派が「家畜の薬」をあてにしている、といった見出しが次々とメディアに踊った。米国食品医薬局(FDA)までもがデマの火消しに乗り出し、こうツイートした。「あなたは馬ではありませんし、牛でもありません。真剣なお願いです。みなさん、やめてください」。
https://twitter.com/us_fda/status/1429050070243192839
こうしたSNSの投稿やミームが広く拡散されたのは、酒皶を患う人々にとって寝耳に水だった。酒皶はよくある皮膚疾患で、顔面の紅潮を引き起こすことで知られる。私自身も患者のひとりだ。酒皶には4つのタイプがあり、私は数年前に皮膚科医から、このうち3つのタイプに罹患していると診断された。 過去5年間、私は治療のため、イベルメクチンを含む塗り薬を断続的に使用している。
私にとって、「イベルメクチン」が反ワクチンデマのキーワードになるのは、とても奇妙だし、腹立たしかった。そこで、ミームが拡散する中、イベルメクチンを正当な理由で使用している人々に、この状況がどんな影響を与えるのか知りたくなった。
事態は信じがたいほど複雑になっており、現状ではイベルメクチンについて話すことさえ注意を要する。ちょっとした会話がいとも簡単に先鋭化しかねないのだ。私が8月に、自分が皮膚疾患の治療に使っている薬が「家畜の薬」として拡散されるのにはうんざりだとツイートすると、イベルメクチンを新型コロナウイルス感染症の治療薬と謳う誰かに引用された。こうした人々は、正当な理由でまったく無関係な疾患の治療のために薬を使っている人がいるのだから、新型コロナに使っても安全だと主張する(これは事実ではない。FDAは「大量のイベルメクチンの服用は危険」だと述べている)。
ネットにはこうした主張があふれかえっていた。関心を集めるため、誤情報は進化し、適応する。
事実は以下の通りだ。イベルメクチンが新型コロナウイルス感染症の治療に有効だという根拠は薄弱で、大部分がパンデミックの初期に公開されたプレプリント(つまり査読を経ていない)研究に依拠している。それらは後に、データに疑義が生じて撤回されている。しか …
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