「薬理学と脳」(1976年10月/11月号)
薬は、古くから心の健康を回復したり、心を探求するために使われてきた。ホメロスの叙事詩に登場する医師ポリダマスはトロイに帰る途中、メネラオスとヘレネに「悲しみや怒りを抑える薬、絶望を乗り越える薬」を贈ったとされている。今日、幻覚をもたらす薬は数え切れないほどある。医療のあり方を変えたものもあれば、社会の仕組みを変えたものもある。これまでよりも特異性が高く、副作用が少ないものも多い。このような薬は、分子レベルでどのように作用し、効果が変化するのかという知識を蓄積するのと並行して開発されてきた。この点で、最も有益な研究手法の1つは、神経細胞が体内の他の細胞とどのようにやり取りをしているのか、そして、さまざまな薬がこうしたやり取りをどのように変化させるかを研究することだ。
「人間と同じように考えるコンピューターを設計する」(1987年5月/6月号)
神経科学者は、脳機能の中心は脳の構造だと理解するようになった。個々のニューロン自体は賢くないが、互いに接続されることで非常に聡明になる。問題は、ニューロンがどのように相互接続するのか誰にも分からないことだ。ニューロンが高速だからというわけではない。電気化学的なメッセージを他のニューロンに送信する際、ニューロンは一般的なコンピューター・スイッチの10万倍も遅いのだ。しかし、人間の脳はスピードが足りない分、「ウェットウェア(wetware)」と呼ばれるもので補っている。脳には100億個から1兆個のニューロンがあり、それぞれのニューロンが1000個から10万個のニューロンとつながっている。相互接続されたニューロンの広大なネットワークが、我々が「心」と呼ぶ壮大な集合体を形成するのであれば、機械的なコンピューター・スイッチで相互接続された広大なネットワークを構築することで、考える機械を生み出せるかもしれない。
「脳のコードを解読する」(2014年7月/ 8月号)
人間の脳は非常に複雑であり、860億個のニューロンが数千億のシナプス結合で結ばれていることが、情報を符号化する脳の仕組みを解明するのに困難を極めている理由の1つだ。(中略)神経工学者の試みは、どこか盗聴に似ている。つまり、脳の内部通信に侵入していることを忘れてはならない。(中略)盗聴したものの中には、我々を欺くものがあるかもしれない。解読できた神経コードは、脳がどのように機能しているかについて何かを教えてくれるだろうが、解読したコードのすべてを、脳自体が直接利用するとは限らない。(解読したコードが)エンジニアリングや臨床の応用に役立つにしても、脳を完全に理解するまでの道を逸脱するような、偶発的な気まぐれの1つかもしれない。