「喜びの意味がわかった」 MDMA併用のPTSD治療、体験者が語ったこと
生命の再定義

"I understand what joy is now": An MDMA trial participant tells his story 「喜びの意味がわかった」
MDMA併用のPTSD治療
体験者が語ったこと

危険な合成ドラッグとして知られるMDMAを併用し、重度の心的外傷後ストレス障害(PTSD)を治療する心理療法の臨床試験が米国で進んでいる。被験者の一人が、「人生を一変させる」体験について語った。 by Charlotte Jee2021.08.27

ネイサン・マギーが心的外傷(トラウマ)を体験したのはわずか4歳のときだ。それが原因で、ほぼ40年後にMDMA(メチレンジオキシメタンフェタミン)による治療を受けることになった。心的外傷による苦痛が大きすぎるため、ネイサンはいまだに体験の詳細を語ることができずにいる。

MDMA療法を受けるまでの長い日々を、ネイサンは「診断のビンゴゲーム」と呼ぶ。2019年に心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されるまでに医師たちがネイサンに告げた病名は、注意欠陥多動性障害、不安症、うつ病、失読症など、さまざまだった。治療の過程で、抗うつ剤、不安症の薬、ADHDの症状を緩和する錠剤など、さまざまな薬を服用した。だが、普通の感情を取り戻すだけのために毎日たくさんの薬を飲むのは嫌だった。

「人生で何が起こっても、本当に幸せだと感じたことは一度もありませんでした」とネイサンは言う。「いつも焦燥感を感じていて、根底に存在する重苦しさを感じていました。頭の中では、物事がバラバラでした。誰かがケーブルを引っこ抜いた感じで、私はケーブルを元通りに差し込もうとしていました」。

最終的にネイサンは、重度のPTSDの治療にMDMAを使用する手法を試験している研究の存在を知った。そして、米国の規制当局が治療法を承認するかどうかを検討する前の最後のハードルである第3相臨床試験に何とか参加することができた。

MDMAは、クラブの常連に人気のあるパーティドラッグとの評判がある合成向精神薬だ。エクスタシー、Eまたはモリーとも呼ばれている。MDMAは脳にセロトニンという化学物質を大量に放出させることによって陶酔感をもたらすが、情動反応を制御する大脳辺縁系の活動を抑制する作用があることも判明している。その作用により、PTSDを患っている人が、恐怖、恥ずかしさ、悲しみなどの激しい感情に圧倒されることなく、セラピーでトラウマ体験を追体験しやすくなるらしい。

この理論を検証するために、カリフォルニア州を拠点とする非営利団体である幻覚剤学際研究学会(Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies)は、無作為化二重盲検比較試験を計画した。ネイサンが参加したのはこの試験だ。参加者は8時間のセッションを3回受けて、セッション中に偽薬または2回分のMDMAを投与された。その後、参加者は自分の病状について語り、資格のある2人のセラピストによるカウンセリングを受けた。

2021年5月、この臨床試験の結果がネイチャー・メディシン(Nature Medicine)誌に掲載された。結果は驚くべきものだった。臨床試験に参加した90人の被験者のうち、MDMAを投与された被験者が、投与されなかった被験者より有意に良好な結果を報告したのだ。治療の2か月後、MDMAグループに属する被験者の67%にPTSDの完治が見られたのに対して、偽薬グループの完治率は32%だった。

ブリストルでの英国初の幻覚剤療法クリニックの立ち上げに関わっている英国を本拠地とする研究者、ベン・セッサ博士によると、米国食品医薬局(FDA)が2023年末までに、PTSDに対する精神療法においてMDMAの補助的な使用を承認する可能性があるという。

ほかに、サイロシビンやケタミンなどの化合物を、精神疾患の治療の補助として同様に使用できるかどうかを検証する臨床試験が米国、英国、その他の国で実施されている。初期兆候は有望であり、効果が実証されれば、メンタルヘルス治療の世界が一変する可能性がある。

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