2人の色盲の兄弟、ジミーとジェイス・パーペンハウゼンに、両親が新しいメガネを購入したときの動画は感動的だ。メガネをかける前にジミーの父親はいくつかの風船を持ち、色をたずねる。
ジミー「オレンジ?」
父親「緑だ」
色盲で色が区別できないのだ。色とりどりの風船と派手な色のビーチタオルは、色を区別できるか確かめるための小道具だ。父親から色盲補正メガネEnChromaを渡されたジミーは、一変する世界に涙を流す。ジミーが弟のジェイスにメガネを渡すと、ジェイスも同様に圧倒された様子にひとこと「とても明るい」という。
本当に色覚が認識できない異常は非常にまれで、欧米で最も一般的な色覚異常は赤緑色盲だ。男性では12人に1人、女性ではと200人に1人いる。エンクロマの製品はサングラスのような外見だが、赤と緑の光の彩度を向上させて、色覚を改善できる。
ほとんどの人には、目の中に赤、緑、青の三原色を感じる錐体細胞がある。3種類の錐体細胞が吸収する光の波長領域は重複しており、多くの場合、色盲は錐体細胞の誤作動が原因だ。錐体細胞が吸収する波長が通常より重複すると、色を識別しにくくなる。エンクロマの眼鏡は、重複する波長をフィルターでカットすることで色を区別しやすく(特に赤と緑をより明確に見分けられるように)する。
この発明は、ニューヨーク州にあるアルフレッド大学でガラス科学の博士号を取得したドン・マクファーソンの研究から派生した。マクファーソンは、レーザーで手術する医師用の保護用眼鏡を設計しようとしていたが、友人に装着させるまで、この技術の本当の潜在力に気付いていなかった。アルティメットのフリスビーの試合中に、たまたま色盲だったマクファーソンの友人がメガネを装着したことが、2人に衝撃を与えたのだ。
偶然の発見により、色覚異常を支援するアメリカ国立衛生研究所(NIH)が研究資金を援助することになった。メガネの初期バージョンは不十分だったので、マクファーソンはメガネを最適化するために、数学者でコンピューター科学者でもあるアンドリュー・シュミーダー と協同研究することにしたのだ。2010年、2人はエンクロマを共同設立し、 最初のメガネを2012年に発売した。価格は子ども用が約269ドル、大人用は約349ドルだった。
エンクロマのウェブサイトでは、老眼鏡が遠視を治さないように、このメガネは色盲を治さないと明言している。だが、網膜の色に反応する細胞を遺伝子的に治療すれば、いつかは治療できるかもしれない。ワシントン大学眼科のジェイ・ネイツ 教授は、2009年にはこのアイデアの実現可能性を猿で示した。2015年、ネイツ 教授はアバランス・バイオテクノロジーズと組んでこのテクノロジーを臨床試験に移そうとした。
エンクロマのメガネには、もうひとつの注意点がある。米国で色盲検査が必要とされる船の運航、飛行機、公共交通機関などに関わる者の利用を推奨していないのだ。一方で、競合相手のカラー補正システムは、「石原カラーテスト(もっとも一般的な色盲検査) を確実にパスできる世界で唯一保証された色盲治療」と自称している。エンクロマは、より安全が必要な場面でも使用可能であるとは主張せず、製品の限定的な使用を強調している。高すぎるメガネだと不平を述べる人もいるが、劇的な効果にそれ以上の価値があるともいえる。