買い物代行インスタカートが
ビックデータで黒字化へ
事業化は困難と思われていた日用雑貨品の配達を、インスタカートはデータ解析でマネタイズしつつある。 by Tom Simonite2016.07.01
スーパーの買い物もウーバーを呼ぶのと同じくらい簡単にできないか?
潤沢な資金を獲得したスタートアップ企業インスタカートは、買い物をウーバー並みにするつもりだ。インスタカートのモバイルアプリを使えば全米24都市でスーパーの買い物代行を依頼でき、ほんの1時間で配送される。インスタカートの買い物係(正社員と業務委託がいる)は、Whole Foods(米国の成城石井的なスーパー)やTarget(米国のイオン的なモール)などの店舗の棚から商品を取り、自分の車やバイクで配送する。インスタカートによると、アマゾン・ドット・コムやセイフウェイといった競合他社と異なり、倉庫や車を持たないことが、顧客に寄り添った日用品ビジネスになる秘訣だという。ウーバーが乗客用の車を所有しないことで優位性を獲得しているのと同じだ。
インスタカートはパートナー兼出資者としてWhole Foodsから2億7500万ドルの資金を得ており、企業価値は20億ドルと評価されている。まさに「10億ドルを超える企業価値を持つ非公開企業」という「ユニコーン」の定義どおりの企業だ。しかし、インスタカートはまだ利益が出ていない。インスタカートは最近、配送費を値上げし、買い物係の人数と報酬を減らした。そのため、ドットコムバブルの頃に株式を公開し、その後に倒産した日用品配送企業Webvanを彷彿とさせるという意見もある。また、どんなものでも1時間以内に配送するサービスは、事業の規模が大きくなるほど買い物係をたくさん雇わなくてはならず、シリコンバレーとベンチャーキャピタルが好む「スケールする事業」とはいいがたい。昨年、オークションサイトを運営するイーベイは同日配送を諦めたし、グーグルもサンフランシスコ周辺の配送関連施設2か所を閉鎖済みだ。
9カ月前にインスタカートに参画したジェレミー・スタンレー副社長(データサイエンス担当)によると、スタンレー副社長が指揮するデータ分析チームは、同日配送に関する常識が誤りだと証明しているという。従業員と顧客にアルゴリズムを活用することで、インスタカートはコストを削減し、売上を向上できるというのだ。また、インスタカート・ユーザー向けのプロモーションで一般消費者向けメーカーから広告費を受け取る新事業も立ち上げた。
確かに、インスタカートは利益を出していない。しかし、スタンレー副社長の努力もあって、インスタカートの売上総利益は最近黒字化した。つまり、マーケティングなどの販売管理費を別にすると、注文1回あたりのコストは、1回あたりの売上を平均で下回るようになったのだ。
スタンレー副社長は、インスタカートの注文あたりの平均売上総利益は、セントではなくドル単位であり、平均売上総利益が赤字なのはインスタカートがサービスを展開する22都市中15都市以下だという。
スタンレー副社長のチームは、インスタカート従業員の効率を高めることにも力を注いでいる。従業員に注文を割り当て、棚から商品を取り出し、配送先を指示するアプリを改善した結果、9カ月前と比べて、注文から配達までのリードタイムは平均40%短縮されたという。
「時間を短くするたびに、インスタカートのビジネスモデルが変革されるのです」(スタンレー副社長)
注文から配達までの平均所要時間は不明だが、スタンレー副社長は、多くの顧客は1時間か2時間以内の配達を選ぶという。
インスタカートがビジネスを改善したもうひとつの方法が、買い物係に注文を割り当てるアルゴリズムの改善だ。買い物係の割り当てには、配達場所、配達商品、購入場所の在庫まで考慮し、さらに稼働可能な買い物係は誰なのかも考慮しなければならない。
スタンレー副社長は、もっとも効率を高めたのは、配送ステップの改善だという。顧客からの注文は、同じドライバーが対応する1セットにまとめられるが、運転時間と運転距離を最小化するように最適化されるのだ。
さらにインスタカートは、買い物係が棚から商品を引き出してくる時間まで短縮しようとしいる。その取り組みの1つが、店舗内のどこに商品が置かれているか地図を作ることだ。インスタカートの買い物係は、商品を集めるとき、スマホ用アプリで商品のバーコードをスキャンする。このとき、アプリから送られてくる位置情報を使えば、どのスーパーのどの場所にどの商品が置いてあるかのデータベースを作成できる。
新興企業が利益を増やすには売上も増やす必要がある。そこでインスタカートは広告事業を立ち上げることにした。インスタカートのアプリはたとえばハーゲンダッツなどのブランドの宣伝を、顧客が買い物する間に表示している。スタンレー副社長は、企業がインスタカートの広告枠を買うのは、広告により、購買が促進されると証明されているからだという。また、スタンレー副社長のチームは、広告や割引きの通知をターゲット別に最適化し、効果測定する手法も高度化させようとしている。
ハーバード経営大学院のジョン・デイトン教授は、スタートアップ企業の将来にとって、日用品を扱うインスタカートの試みは非常に重要だという。歯磨きチューブなどの消費財について、消費者はどれを選んでもよく、こうした商品のメーカーはマーケティングに高額なコストを費やしている。スーパーマーケットの買い物カゴに入った商品の購入金額の30%は、マーケティング費用かもしれないとデイトン教授はいう。
「本当に無駄の多いビジネスです」
インスタカートはこの無駄を削減できるかもしれない。テレビや屋外広告板やDMと比べて、アプリは広告やクーポンをユーザー別に表示できるし、指先で注文するので、購買にもつながりやすい。企業も誰が反応したかわかる。このモデルは多くのビジネスで証明されてきたが、消費財市場ではまだ本格的に試されていない、とデイトン教授はいう。
インスタカートがこの挑戦を続けるには、もっと多くの日用品販売店と提携する必要がある。デイトン教授は、インスタカートの収益性が本格的に高まり、消費者ブランドにとって必要不可欠な存在になるには、巨大な顧客ベースを作り上げる必要があるという。したがって、スタンレー副社長のチームは、今後も物流コストをうまく制御し、成長のための時間を稼ぐ必要がある。また、インスタカートは、アマゾンやグーグルも出し抜く必要がある。こうした企業にはすでに巨大な広告ビジネスがあり、日用品配達での展開をずっと狙っているからだ。
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クレジット | Image courtesy of Instacart |
- トム サイモナイト [Tom Simonite]米国版 サンフランシスコ支局長
- MIT Technology Reviewのサンフランシスコ支局長。アルゴリズムやインターネット、人間とコンピューターのインタラクションまで、ポテトチップスを頬ばりながら楽しんでいます。主に取材するのはシリコンバレー発の新しい考え方で、巨大なテック企業でもスタートアップでも大学の研究でも、どこで生まれたかは関係ありません。イギリスの小さな古い町生まれで、ケンブリッジ大学を卒業後、インペリアルカレッジロンドンを経て、ニュー・サイエンティスト誌でテクノロジーニュースの執筆と編集に5年間関わたった後、アメリカの西海岸にたどり着きました。