フランス領ギアナの金山の労働者、ケープコッド(マサチューセッツ州)で浮かれて騒いでいた人々、インドの医療従事者。これらの人々の住んでいる地域は異なるが、共通点が2つある。全員が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンを接種済みだったこと。そして、クラスター感染の一部になったことである。
最近の数週間で報告されているこれらの例は、ほぼ全員がワクチン接種を終えている集団でも新型コロナウイルス感染症が広がり、「スーパースプレッダー」の状況が起こり得ることを示している。保健当局に警鐘を鳴らすと同時に、米国で以前の生活にすぐに戻れるという人々の希望を打ち砕くものだ。
2021年5月、米疾病予防管理センター(CDC)は、ワクチン接種を終えた米国人にマスクを外してもよいとの許可を出した。だが7月27日に方針を180度転換し、ワクチンを接種していても屋内の公共の場所でのマスク着用を求める通達を出した。
CDCの方針転換の背景には、マサチューセッツ州のケープコッドにある海辺の町「プロビンスタウン」で調査官が知った事実があった。プロビンスタウンでは7月上旬に賑やかなパレードが催され、プールに群衆が集まって数週間パーティが開かれた。それ以降、それらのイベントに関連した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染例が800件以上見つかり、その74%がワクチン接種済みの人だったと保健調査官は報告している。
プロビンスタウンの感染爆発を引き起こしたのはいわゆる「デルタ株」で、米国の現在の感染例の大部分を占めている。 CDCのロシェル・ワレンスキー所長は7月30日の声明で、プロビンスタウンでデルタ株に感染したワクチン接種済みの人の体内には、接種していない人と同じだけのウイルスがあるように思えるという「極めて重大な発見」があったと述べた。
「ウイルス量の多さは感染リスクの大きさを示唆するものです。他の変異種とは違い、デルタ株に感染すると、ワクチンを接種している人でも他人を新型コロナウイルスに感染させる恐れがあります」。
こうした勧告は、マスク着用や社会的距離などの複合的な対策をすぐに復活させる必要性を示している。米国で来月に迫る学校の再開が困難になる可能性も出てきた。
金山での感染例
世界各地での調査から、ここ数週間、ワクチン接種済みの人々の間で感染爆発が起こる証拠が積み上がってきている。例えば、5月にフランス領ギアナの金山で、ほぼすべての労働者がファイザー製の新型コロナワクチンを接種していたにもかかわらず、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るった例が、パリとフランス領ギアナの科学者チームによって最近、報告された。
ワクチン接種を受けていたにもかかわらず、労働者の60%が「ガンマ株」という変異種に感染したのだ。これは科学者たちにとっては大きな衝撃であり、ワクチンが配送中に傷んでいなかったかどうか調査された。しかし、そうした事実はなかった。
米国でもっとも広く使用されているファイザー製のワクチンは、当初の研究では、新型コロナウイルス感染症の防止に90%以上の効果があるとの結果が出ていた。だが金山の労働者にはそうした効果は見られず、半数に発熱などの症状が出た。それでも、ワクチン接種はある程度、役に立ったかもしれない。労働者の大部分は50歳を超えており、高血圧や糖尿病などのリスク要因を抱えた人もいたが、重症化した例はなかったのだ。
インドからも証拠となるデータがもたらされている。インドでは、医療従事者は2021年初頭にアストラゼネカ製ワクチンの接種対象となった。しかし、英国とインドの研究者が医療従事者の新型コロナウイルス感染例を調べたところ、デリーの3つの病院で「ワクチンが効かない感染例がかなりの数」見つかった。中には30人が感染した大規模な例もあったという。
こうしたワクチンが効かない感染は、古い変異種ではなくデルタ株が引き起こしている可能性が高いと研究チームは述べている。以前の変異種には、医療従事者の間で3件以上の関連事例が含まれたクラスターを発生させる例はなかった。だが、デルタ株ではそうした例が10件見つかった。
デルタ株が他の変異種と異なる点は感染力の高さにある。研究者らによると、デルタ株が以前の免疫を「回避している」ことがそのひとつの要因となっているという。ワクチンを接種した人々の間で感染爆発が起こっている理由もそれで説明がつく可能性がある。また、新型コロナウイルスに一度感染した人でも再度感染する確率が高くなるということも意味する。英国とインドの研究チームは、デルタ株に感染すると自然の抵抗力が半分近くも低下することがあると推定している。
ケープコッドの感染例
米国のプロビンスタウンにおける感染爆発は、7月4日の「独立記念週間」に起こったと思われる。この期間、プロビンスタウンには数千人が訪れていた。調査官は7月の間に数百件の感染例を特定していき、ボストンの遺伝子検査機関でデルタ株が原因であると判明した。
プロビンスタウンの事例はCDCに危機意識をもたらした。ほとんどの感染者がワクチンを接種していたにもかかわらず、ワクチンがヒトとヒトとの間の広範な感染を防いでいないように思えたからだ、とワシントン・ポスト紙は報じている。同紙は、デルタ株に水痘(水ぼうそう)と同程度の感染力があるとするCDCの内部文書を入手した。
プロビンスタウンで発生したクラスターの患者200人に実施したPCR検査からは、別の重要な手がかりが得られた。患者たちの気道のウイルス量(つまり、咳やくしゃみをする度に放出される量)が、ワクチン接種の有無にかかわらず同じくらいだったのだ。
だからと言って、ワクチンを接種済みの人の感染力が未接種の人と同程度というわけではない、とカリフォルニア大学サンフランシスコ校の感染症研究者のモニカ・ガンディ教授は言う。ガンディ教授によると、PCR検査では感染力のあるウイルス以外に、ウイルスの欠片も検出されてしまう。そのため、ワクチン接種済みの人から放出される実際のウイルス量は少なかったり、他人に感染させる恐れが少なかったりする可能性があるという。 変異種が広がっても、重症化を防ぐワクチンの力は今のところ示されている、とガンディ教授は付け加える。
ワクチン接種を終えた人の間の感染だけでなく、「より軽症の例も見受けられます」と同教授は言う。
CDCにとっては、こうした新たな事例によって、世間への通達が難しくなっている。ワクチン接種を完了させるのをどう伝えるのかという問題である。CDCが5月に出した勧告では、2回のワクチン接種を終えた米国人は、大抵の状況において、マスクなしで、社会的距離を保たなくても生活できるというものだった。
しかし7月25日、プロビンスタウン当局は町内でのマスク着用義務を再度導入した。対象は屋内の飲食店やオフィス、バー、ダンスフロアに及び、さらに汚水の調査を始めると宣言した。2日後、CDCもそれにならい、屋内の公共の場所で感染が起こりやすいと思われるエリアでは全員がマスクを着用するように求めた。
デルタ株が原因で、米国の広い範囲が間もなく高リスク地区に指定される可能性がある。米国の感染者数は6月に最低を記録してから急速に増え始め、現在は6倍以上になっている。