KADOKAWA Technology Review
×
2024年を代表する若きイノベーターたちに会える!【11/20】は東京・日本橋のIU35 Japan Summitへ
新型コロナ変異株、
「系統名」の運用支える
ネット時代の若手研究者たち
Ms Tech | CDC
生物工学/医療 Insider Online限定
Meet the people who warn the world about new covid variants

新型コロナ変異株、
「系統名」の運用支える
ネット時代の若手研究者たち

増え続ける変異株を追跡するために命名される「B.1.1.7」のような系統名は、今や、新型コロナウイルスのグローバルな研究には欠かせないものになっている。ボランティアが運用する「パンゴ(Pango)」と呼ばれる命名システムの中核を担うのは、大学院生や博士研究員などの若手の研究者たちだ。 by Cat Ferguson2021.07.30

3月にインド周辺で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染者数が急増し始めると、ニューデリーにあるCSIRゲノミクス・統合生物学研究所(CSIR Institute of Genomics and Integrative Biology)の博士課程3年生であるバニ・ジョリーは、ウイルスの遺伝子コードにその答えを探し求めた。

それはちょうど、B.1.1.7と呼ばれる新型コロナウイルスの変異株(まもなくアルファ株と呼ばれるようになった)が英国内での感染者数急増の原因になっているというニュースで、英国の研究者が科学界を震撼させたばかりのころであった。ジョリーは、アルファ株がインドでも感染を拡大させているのではないかと考えたのだ。

CSIRゲノミクス・統合生物学研究所はインドにおける新型コロナウイルス研究の最前線であり、全国各地から収集された何千もの新型コロナウイルスのサンプルの遺伝子配列にアクセスできる。ジョリーは、新型コロナウイルスの系統樹の枝に従って遺伝子配列をグループ化するソフトウェアを使ってサンプルの解析を実行し始めた。

ジョリーは、B.1.1.7変異株の密集した塊ではなく、既知の変異株とは似ても似つかない遺伝子配列の集団を発見した。そのうちのいくつかには、スパイクタンパク質に2つの突然変異があり、その変異はウイルスをより危険なものに変えることがすでに疑われていた。

ジョリーが指導教授にこの話をすると、指導教授は、インド国内にある他の遺伝子配列解析ラボに連絡するように提案した。他のラボのデータもまた、局所的なアウトブレイクによって新型コロナウイルスに新しい系統が生まれたという兆候が示されていたからだ。

ほどなくして、ジャーナリストは変異株の新たな進展のことをかぎつけ、ジョリーは「二重突然変異」や「インド型変異株」についての記事を目にし始めた。

変異株の「恐ろし気な」ニックネームを使うよりも、便利な分類を使ったほうが研究者にとってより役に立つ。そこで、少人数の科学者グループが新しい変異株に名前を付けているサイトに目を向けた。スコットランドの博士課程の学生が主に率い、世界各地から少数のボランティアが運営しているギットハブ(GitHub)のページである。

ボランティアたちが管理している「パンゴ(Pango)」と呼ばれるシステムは静かに浸透し、今や、新型コロナウイルスのグローバルな研究には欠かせない。そのソフトウェアツールと命名システムは、世界中の科学者が約250万件の新型コロナウイルスのサンプルを理解して分類するために活用されている。

4月にジョリーは、自身が発見した遺伝子配列をギットハブのページに投稿し、それらが新型コロナウイルスの重大な変化を意味する理由の説明を添えた(ジョリーは新しい変異株について警告した2人目のユーザーであった。最初の警告は英国の研究者によって数日前になされていた)。パンゴ・チームはすぐさま、「B.1.167」という新しい名前を提案した。この系統には、現在メディアで「デルタ株」と呼ばれ、強い感染力を持つことで知られている変異株が含まれている。

「パンゴを使うと、私たちの調べている新型コロナウイルスが、ほかの国で見られるものと同じものであるかどうかを簡単に確認できます」とジョリーは言う。「異なる場合は、インドで見つかった変異株を本当に簡単に報告できるので、他の国でも追跡できるようになります」。

世界中の研究者、公衆衛生担当者、ジャーナリストがパンゴを活用して新型コロナウイルスの進化を理解しようとしている。しかし、新型コロナウイルスのゲノミクスという新しい分野では多くがそうであるように、こういった試み全体が若い研究者の小規模なチームによって支えられている。そして、そうした作業のために、彼らがしばしば自身の研究を一旦保留していることは、ほとんど知られていない。

多すぎるデータ

ウイルスが進化し、次々と人に感染するにつれて、ウイルスの系統樹の新しい枝に名前を付けるための正式で実績あるプロセスが昔からあったと、読者は思うかもしれない。実際のところ、研究者は20年間、遺伝子配列の解析を用いてウイルスを研究してきた。

しかし、その作業は歴史的には、桁違いに少ないデータに対処すれば済んだ。新型コロナウイルスの遺伝子配列解析がそうであったように、そのほとんどは世界中の科学者たちの間で協調的に共有されてこなかった。標準化された名前を付ける差し迫った必要性はまったくなかったのだ。

2020年3月に世界保健機関(WHO)がパンデミックを宣言したとき、遺伝子配列の公開データベースを提供するGISAIDには、524件の新型コロナウイルスが登録されていた。4月にかけて、科学者はさらに6000件をアップロードし、5月末までに、その合計は3万5000件を超えた(一方、2019年通年で、世界の科学者は4万件のインフルエンザウイルスの遺伝子配列をGISAIDのデータベースに追加した)。

「名前がなければ、用を成しません。他の人が話していることを理解できません」と、イェール大学公衆衛生大学院のゲノム疫学博士研究員で、パンゴの取り組みに貢献しているアンダーソン・ブリトは言う。

新型コロナウイルスの遺伝子配列の数が急増するにつれて、それらを研究しようとする研究者は、まったく新しいインフラと標準を急いで作ることを余儀なくされた。汎用命名システムは、この取り組みの最も重要な要素の …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
人気の記事ランキング
  1. How ChatGPT search paves the way for AI agents 脱チャットGPTへ、オープンAIが強化するプラットフォーム戦略
  2. Promotion NIHONBASHI SPACE WEEK 2024 アジア最大級の宇宙ビジネスイベント、東京・日本橋でまもなく開催
  3. Promotion Innovators Under 35 Japan Summit 2024 in Nihonbashi 2024年のイノベーターが集結「U35 Summit」参加者募集中
  4. This AI-generated Minecraft may represent the future of real-time video generation AIがリアルタイムで作り出す、驚きのマイクラ風生成動画
  5. Inside a fusion energy facility 2026年の稼働目指す、コモンウェルスの核融合施設へ行ってみた
▼Promotion イノベーター under35 2024
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。2024年受賞者決定!授賞式を11/20に開催します。チケット販売中。 世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を随時発信中。

特集ページへ
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版

「ブレークスルー・テクノロジー10」は、人工知能、生物工学、気候変動、コンピューティングなどの分野における重要な技術的進歩を評価するMITテクノロジーレビューの年次企画だ。2024年に注目すべき10のテクノロジーを紹介しよう。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る