準天頂衛星「みちびき」が導く「超高精度測位」日本の流儀
現在、軌道上には測位衛星が140機ほど飛んでいる。「GNSS」と総称されるこのシステムは、受信端末の普及と実装が世界中で加速している。その半数がアジア太平洋地域となり、そこには巨大衛星網を抱える中国と、地域型で小規模ながらも無償の精密測位を提供しプレゼンスを築く日本がいる。 by Ayano Akiyama2021.07.15
2021年6月、米国の衛星測位システム「Global Positioning System(GPS)」の第3世代「GPSIII」の5機目の衛星が打ち上げられた。2022年に予定されている完全な運用が始まると、さらなる精度向上、欧州との高精度測位信号の共通化が見込まれている。
- この記事はマガジン「10 Breakthrough Technologies」に収録されています。 マガジンの紹介
米国に続き世界規模の衛星測位網を構築したロシアでは、一時は衛星数の低下により大幅に精度低下が起きた。現在は衛星数を増加させ、2023年以降は「高軌道グロナス(High Orbit GLONASS)」と呼ばれる衛星を打ち上げ、ロシア国内向けのサービスを強化する方向だ。2011年に「ガリレオ(Galileo)」システムの整備を始めた欧州は2021年まで24機の衛星打ち上げによる実運用開始を目指す。2027以降は第2世代衛星の打ち上げを計画、宇宙へもサービス領域を広げる。
中国は安全保障の観点から米国のGPSに依存しない測位衛星網を推進し、1994年には北斗(ベイドゥ)初期システムの研究を開始している。2000年から初期型衛星の打ち上げを開始し、中国と周辺国向けの地域サービスとして運用を開始。2020年までに30機の実運用衛星を打ち上げ、グローバルサービスとして2021年1月に完全運用を開始した。2035年までに、屋内での位置情報配信が可能なユビキタスサービスを目指す。
このような人工衛星を使った測位システムを「GNSS(Global Navigation Satellite System)」と呼ぶ。GPSや北斗は地球全体を対象としているが、GNSSはグローバルサービスだけではない。日本とインドは地域向け測位衛星(Regional Navigation Satellite System:RNSS)というアプローチを取っている。キーワードは「8の字軌道」だ。日本の準天頂衛星システム(Quasi-Zenith Satellite System:QZSS)は、衛星が赤道に対して大きく傾いた楕円の軌道をとり、北半球の上空にいる時間を長くすることで、衛星の軌道が地上に描く形(フットプリント)がちょうど南北非対称な8の字になっている。こうした軌道の衛星を4機配置することで、常に1機は日本の上空に測位衛星がいて、仰角70度以上の天頂に近いところに見え、衛星の可視条件を向上させていることから「準天頂」と呼ばれる。2010年に打ち上げられた初号機「みちびき」から衛星網を構築し、補完のため静止軌道にさらに3機の衛星を配し、2019年に全7機によるQZSSの体制が決定した(運用開始は2023年以降の予定)。
インドはこうした8の字軌道衛星を東西2カ所に配置した「NavIC(IRNSS)」衛星を運用。2017年に原子時計の不具合と打ち上げ失敗など足踏みも経験しているが、現在8機が運用中だ。さらに、韓国は2018年に独自の地域測位衛星「KPS」計画を発表。2021年に米国のGPSとの互換性、相互運用性で合意した。静止衛星3機、傾斜軌道衛星4機の構成は日本のQZSSとほぼ同様で、地域測位衛星のスタンダードな形と言ってもよい。2027年以降に衛星の打ち上げを開始するという。
高精度測位と民生領域の拡大
GNSSの中でもGPSは、世界の産業に大きな影響を与えてきた。米国の独立非営利研究機関RTIインターナショナルが発表した2019年のレポートによると、GPSが商用利用を開始した1984年から2017年までの経済的恩恵の総額は約1.4兆ドル(約150兆円)になるという。影響する分野は農業、電力業、地図やナビゲーションなどの位置情報サービス、鉱業、海運業、石油ガス産業、測量、通信、情報サービスの9分野と多岐にわたる。地上の産業のほとんどはGPSの恩恵を受けていると言っても過言ではなく、その中でも位置情報サービスと情報通信の占める割合が大きい。
2000年以降にGPSビジネスが急拡大しているのは、精度劣化措置(Selective Availability:SA)の解除と関係がある。SA解除前のGPSの精度は100メートル前後。SA解除後に精度が10メートル前後に向上し、やがて民生用信号でのサブメーター、センチメーター級の精度を持つ高精度測位が可能になった。現在は測位補強信号など高精度測位のための付帯技術が必要だが、衛星の世代交代が進めば特別な受信機を必要とせず精度向上が見込める。精度向上が普及を促進し、衛星から位置・速度・時間の情報を受信して機能する「GNSSデバイス」の数は、スマートフォンを含め2019年の64億台から2029年までに96億台に増加すると予測され、その半数以上をアジア太平洋地域での利用が占める。
高精度化したことでGNSSデバイスの用途はさらに広がっている。現在、最も大きな割合を占めるのが個人向け端末だ。その最たる例が、位置情報サービスの核となっているスマートフォン(2019年、世界で18億台)だ。そしてそれに続くのが、ウェアラブルデバイス(同7000万台)となっている。ウェアラブルの中では、ランニングウォッチのようなスポーツ用品が筆頭だが、車両や携帯端末、ペットなどの個人資産の位置を追跡するデバイスやARゲームなどの普及が進んでおり、市場としても注目されている。ARゲームは、2020年に市場価値が300億ユーロ(約4兆円)との予測もあった。コロナ禍で足踏みがありつつも、高精度測位に裏打ちされたエンタテインメントの復活は近いといえそうだ。さらにウエアラブル端末は、今後拡大するシルバーエコノミー(高齢層の人口が生み出す経済)に寄与する。心停止など万が一の際に救急救命に連絡するサポート端末などがあり、「課題先進国」と言われる日本では、認知症を持つ高齢者の「持ち忘れ」対策まで織り込んだ製品がすでにリリースされている。端末が外れないよう衣服に取り付ける、杖に装着するといった方式から、靴の裏にも仕込める装着の自由度を持っている。また視覚障害者向けのランニング支援システムは、「滑りやすい場所にさしかかったので足元に注意」といった情報まで位置情報とスマートフォンの音声を組み合わせることで障害者に伝えることができる。やがては健常者にも使いやすい、フィットネスアプリケーションへフィードバックしていくはずだ。
GNSSで2番目に大きい利用分野は、ナビゲーションシステムだ。1990年、パイオニアが世界初のGPSを利用したカーナビゲーションシステムを発売し、位置情報サービスの先駆けとなった。GNSSはその初期から道路運送を効率 …
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