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新型コロナ蔓延続くブラジル、危機に晒される新生児
REUTERS/Ricardo Moraes
Brazil’s most vulnerable are struggling to survive the stress of covid

新型コロナ蔓延続くブラジル、危機に晒される新生児

新型コロナウイルス感染症による死者が50万人を超えたブラジルでは、低体重で生まれた赤ちゃんが医療政策、酸素ボンベ不足、ウイルス感染など複数の危機に晒され、十分なケアを受けられずにいる。 by Jill Langlois2021.06.29

2021年1月、ブラジルのアマゾナス州の複数の自治体で酸素ボンベの供給ができなくなったとき、61人の低出生体重児が話題となった。

低出生体重児たちは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)には感染してはいなかった。しかし、アマゾナス州保健局(SES-AM)は、今回のパンデミックによる医療システムへの負担が新生児たちを危険に晒しているのではないかと懸念していた。

当時、すでに状況は危機的だった。現地ニュースサイト「アマゾニア・リアル(Amazônia Real)」によると、首都マナウスのある産科病棟では手動式人工呼吸器しかないため、医師たちが自らの手での空気を送るためのバッグを押し続け、何時間も10人の赤ちゃんの命をつないでいたという。

それはまさにパニックの瞬間だった。家族や友人、ボランティアの人々は、街中で残っている酸素ボンベを探し回り、他の地域から酸素ボンベを送った人もいた。その間にも他州の自治体で、この低出生体重児たちのために新生児集中治療室(NICU)に病床が確保された。

最終的には、少なくとも48時間は呼吸を続けられるだけの酸素ボンベが確保され、病院が新生児たちを移動させることはなかった。しかしその頃には、たとえ新型コロナウイルスに感染していなくても、社会的弱者の中にはパンデミックの影響を強く受けている人々がいることが明確になった。そして、より多くのさまざまな問題が低出生体重児を待ち受けていることが間もなく明らかになった。

奔走し続ける

2020年初頭に新型コロナウイルスがブラジルに広がり始めて以来、早産の件数が増加していた。理由の一部となったのは、新型コロナウイルスに感染した妊婦の中には、自身と胎児の呼吸を途絶えさせないように、帝王切開や陣痛誘発による早期出産を余儀なくされた人々がいたことだ。現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるブラジルの死亡者は50万人を超え、世界で2番目となっているが、依然として新型コロナウイルス感染症とそれに付随する被害を抑えるのに苦慮している。専門家たちは、この状況は当分続くだろうと考えている。

新型コロナウイルス感染症の被害の中には、国の政治と関係しているものもある。ブラジルのジャイル・ボルソナロ大統領は、一貫して新型コロナウイルス感染症を「小さなインフルエンザ」と呼んでいる。自身も感染したにもかかわらず、新型コロナウイルス感染症の危険性を軽視しており、ヒドロキシクロロキンのような薬は新型コロナウイルス感染症の患者には効果がない(時には危険である)ことが証明された後も、治療法として推進している。

大統領が新型コロナウイルス感染症の脅威を否定していることで、医療関係者は支援を受けられず、予防や治療のための適切なリソースを持たないまま患者のケアに奔走し続けている。ブラジルでは今回のパンデミックを通して1670万人以上が感染し、現在も1日あたりの死亡者数はおよそ2000人となっている。4月の第2波では1日あたり4000人が死亡していたことを考えると減少しているとはいえ、新型コロナウイルス感染症による死亡者の多い国の1つとなっている。

ブラジルのような大きな国では医療の質や可用性はさまざまだが、国内で最も優れた医療施設でも崩壊寸前の状態に陥っている。状況が回復を見せているのはサンパウロなどの裕福な地域だけだ。

アマゾナス州の酸素ボンベ不足の危機から半年が経過した今も、母親や赤ちゃんたちは新型コロナウイルス感染症の影響を受けている。

ケアの複雑さ

毎年、ブラジルでは約34万人の新生児が37週未満の早産で生まれている。これは欧州の2倍の数で、世界保健機関(WHO)によると早産の数は世界で10番目に多い。しかし、新型コロナウイルスの蔓延により、早期の授乳や両親とのスキンシップなど、低出生体重児のケアに重要な方法の多くが、ブラジル中の病院で停滞したままとなっている。このような状態では、新生児の成長や発達、さらには生存におけるリスクが新型コロナウイルス感染症のリスクよりもはるかに高くなるという証拠があるにもかかわらずだ。

2020年のブラジルの早産件数はまだ発表されていないが、低出生体重児とその家族を支援する国内唯一の非政府組織(NGO)であるプレマトリダージ(Prematuridade、ポルトガル語で未熟児という意味)の創設者兼所長であるデニス・スギタニのような専門家は、例年よりも早産件数が増加するのではないかと考えている。

出産前のケアにより、多くの妊婦の早産を防げる可能性があるが、新型コロナウイルス感染症の流行が原因で、診察を受けない妊婦は増えている。ブラジル産婦人科連合会(Brazilian Federation of Gynecology and Obstetrics Associations)が2020年7月と8月に実施した調査によると、調査対象となった産婦人科医の81%が、患者が出産前の診察で新型コロナウイルスに感染することを心配していると答えている。

「母親がコロナウイルスに感染して呼吸困難に陥った場合、赤ちゃんが子宮内で窒息してしまう可能性があります」——アマゾナス連邦大学のロッシクレイ・ピニェイロ医師

「出産前の診察で早産のリスクが判明します」とスギタニ所長は言う。「ですから、妊婦が診察や検査に来ないと、早産につながるような妊娠中の問題が発見されない可能性があるのです」。

妊娠中に新型コロナウイルスに感染することも早産の要因となり得る。アマゾナス連邦大学の小児科医・新生児科医であるロッシクレイ・ピニェイロによると、新型コロナウイルス感染症やその他の感染症によって引き起こされる炎症反応が羊膜に現れ、羊膜が早期に破裂することで早産につながる可能性があるという。

母親が新型コロナウイルスに感染している胎児の場合、意図的に出産を早めなければならないケースもある。

「母親がコロナウイルスに感染して呼吸困難に陥った場合、赤ちゃんが子宮内で窒息してしまう可能性があります」とピニェイロ医師は語る。

接触を制限することの危険性

今回のパンデミックで、病院ではNICUへの訪問者が制限され、一部では両親が赤ちゃんに触れることさえできなかった。ピニェイロ医師や他の専門家たちは、こうした制限は間違ったアプローチだと指摘している。

スキンシップの中でも特に重要なのが、新生児を親の胸の上に乗せ、両者の胸を合わせて休ませるというカンガルーケアと呼ばれる方法だ。このスキンシップにより、乳児の死亡率が40%、低体温症が70%以上、重度の感染症が65%減少することがわかっている。WHOとパートナーの研究者たちの2020年3月の研究では、カンガルーケアを実施することで、新型コロナウイルスに感染した母親から生まれた赤ちゃんが生き延びる可能性ははるかに高くなり、そのメリットは新型コロナウイルス感染症によって死亡するわずかなリスクをはるかに上回ることが明らかとなった。

サンパウロ州の27歳の女性、カーラ・ルアナ・ダ・シルバは、超低体重で生まれた我が子にカンガルーケアを実施することを禁じられただけでなく、接触を一切禁じられた。ダ・シルバは、そのことがNICUでの81日間の入院生活の中で最も辛かったことの1つだと述べている。

同州プレジデンテ・プルデンテ市の病院で26週目に生まれたマリア・ビトリアは、体重が900グラム以下だった。この子はNICUに運ばれて挿管され、呼吸を助けるための機械につながれた。生命を維持するためには、小さな静脈に輸血や抗生物質を投与することが不可欠だった。

ダ・シルバは、誰も見ていないときに保育器の扉を開け、自身の指先を娘の手のひらに置いた。しかし、看護師に見つかってしまい、「新型コロナウイルス感染の危険があるので」触れてはいけないと注意された。

スギタニ所長が運営するNGOであるプレマトリダージは、今回のパンデミック時の仲介役として、子どもの成長を助けるため、家族に代わって病院のスタッフや管理者と対話を続けている。

病院側には、母親が新型コロナウイルスに感染していても母乳を与えられるようにしてほしいと考えている。

「母乳は新生児にとって最高の栄養源であり、多くの病気から身を守ることができます」と、サンパウロ大学臨床病院の小児科医・新生児科医であるエドナ・マリア・デ・アルブカーキ・ディニズはいう。「そのため、複数の国内外の団体が、全身状態が良好な産後の女性は保護マスクを着用し、授乳前後に手洗いをして授乳を続けるべきだと推奨しています 」。

ディニズ医師とピニェイロ医師は共に、母親が直接母乳を与えることができない場合でも、母乳は新生児に与えるべきだと語る。母乳には、新生児を新型コロナウイルス感染症から守るのに役立つ可能性がある抗体が含まれているからだ。

しかし、子どもを守るための最も重要な方法の1つは、母親を大切にすることだとピニェイロ医師はいう。ブラジルでは、2億1400万人の人口に対し、8800万回分のワクチンを接種しているが、もともと妊娠中や産後の女性は優先的に接種すべきグループとは考えられていなかった。実際、リオデジャネイロの35歳の妊婦がアストラゼネカ(AstraZeneca)製のワクチンを接種した後に死亡したことで、ほとんどの妊婦がワクチン接種の対象外とされていた。現在では併存疾患のある妊娠中および産後の女性だけが、ブラジルで入手可能な他のワクチン(シノバック:Sinovac製およびファイザー製)の接種のみ受けられる。連邦当局は、併存疾患のない妊娠中および産後の女性に再びワクチン接種の資格を与えるように最近になって要求している

専門家によると、母親と新生児の両方の健康を維持するためには、ワクチンや出産前のケアを受けることが非常に重要だ。特に、ブラジルでは新型コロナウイルス感染症との戦いがすぐには収まりそうにないからだ。ボルソナロ大統領は、マスクを着用せずに大きなイベントに参加し続け、国民に「泣き言を言うな」と話している。現在、ボルソナロ大統領はワクチンの入手が遅れたことや、マナウスで酸素ボンベが不足して低出生体重児をケアする医師をパニックに追いやったことなど、パンデミックへの対応における自身の政権の失敗を議会で追及されている。酸素ボンベ不足の件では31人の大人も亡くなっている。国中で大統領の弾劾を求める大規模な街頭デモが実施されており、今後もさらなるデモが予想されている。

「多くの女性が亡くなりました。赤ちゃんたちは母親、あるいは両親ともに失ってしまいました」とピニェイロ医師は語る。「ですから、妊娠中の女性を守る必要があるのです。彼女たちはこれから赤ちゃんを生み、そばにいなければなりません。赤ちゃんの世話をする必要があるのです」。

この記事は、ロックフェラー財団が支援するパンデミック・テクノロジー・プロジェクトの一環として執筆されたものです。

 

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Jill Langlois is an independent journalist based in São Paulo, Brazil, who has reported for National Geographic, The New York Times, The Associated Press, and others.
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