新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の接触通知システムの最初のバージョンが一般公開されたのは2020年春だった。この通知システムは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に曝露した人に警告を自動通知することで、感染症の蔓延を抑制することが期待されていた。それから1年以上が経過した現在、米国の半数の州を含む50カ国以上の住民が、接触通知システムに参加できるようになった。
しかし、このテクノロジーは一体どの程度役立ったのだろうか? その答えを示唆する研究はいくつかあるが、これほど広く展開されているにもかかわらず、接触通知システムが実際に新型コロナウイルス感染症の拡散を食い止めることができたかどうかを評価するのは困難となっている。政府の統一性のないパンデミック対応を反映して多くの州が独自アプリをリリースするという、分散型アプローチを取った米国の場合は特にそうだ。
接触追跡テクノロジーが米国でどの程度役立ったかについて把握するため、MITテクノロジーレビューはデジタル接触者追跡システムをリリースしたすべての州の公衆衛生局に連絡を取ると同時に、匿名で残されたアプリのレビューを丹念に考察した。そして、どのような人が実際に接触通知アプリを使っているのか、使った人はどう感じているのか、という2つの疑問について調べた。
分析の最終結果からは、新たな可能性が見えてきた。米国の接触通知アプリの多くは十分に活用されておらず、誤解されており、十分に信頼されていない。それでもこのテクノロジーは、将来的な病気のアウトブレイクに備えた公衆衛生ツールとして真価を発揮するかもしれないのだ。
接触通知テクノロジーの仕組み
接触通知は、従来の接触者追跡作業を補完するものとして最初に提唱された。従来の手作業による追跡では、感染した可能性のある濃厚接触者を探し出す調査員は、電話やインタビューを通じて感染者にそれまでの居場所や行動を明らかにするように尋ねる必要がある。この新しいテクノロジーを使うと、小規模の感染者集団だけでなく、自動的に全人口に対応できると期待された。これは明らかに、急速に拡大する感染症の追跡に適している。
たとえば、ランチで会った友人のことは覚えていても、スーパーで15分間隣に並んでいた見知らぬ人のことは覚えていないかもしれない。接触通知システムはユーザーの代わりにそれを記憶してくれる。Bluetoothを使用して近くにあるスマートフォンの記録を匿名で保持し、そのスマートフォンの1つが陽性の検査結果に関連付けられている場合にユーザーに警告を通知する。
初期に公開された接触通知システムは、開発者たちが協力して開発したものだったが、最終的には、ほとんどの開発者がアップルやグーグルと協力し、統一規格を作ることになった。アップルとグーグルの接触者追跡システムは、ユーザーのプライバシーを優先し、データを匿名化し、ユーザーの位置情報を追跡しない。世界を代表する2つのスマートフォン・プラットフォームの後ろ盾を得たこのシステムは、最も広く採用されており、米国の大半の州で使われている。
このような接触者追跡システムの有効性を評価することは難しいことで知られている。たとえば、英国のアプリやスイスのアプリに関する調査結果は、最近になってようやく出始めたところだ。米国では基本的に各州が独自に活動している状態なので、評価はさらに難しくなる。それでも、私たちの分析からわかったことがいくつかある。
接触通知テクノロジーのユーザー層
MITテクノロジーレビューは25の州とワシントンDCで展開された接触通知アプリを調査した。2020年8月にアプリをリリースしたバージニア州は、州民にこのテクノロジーを公開した最初の州だ。一方、最近になって利用し始めたばかりの州も依然として存在する。マサチューセッツ州は2021年4月に2つの都市で試験的にアプリの利用を開始した。サウスカロライナ州は現在、クレムソン大学(Clemson University)でパイロットプログラムを実施している。サウスカロライナ州は実際には2020年5月にこのシステムを導入し始めたが、プライバシーの懸念を理由に議員たちが昨年の夏に公衆衛生部門にデジタル接触者追跡作業を禁止し、開発が滞った。
接触通知アプリを提供している州でさえ、州民全員が使えるわけではない。接触通知アプリを利用できるのはスマートフォンを使っている人だけだ。ピュー研究所(Pew Research Center)によると、米国人の約15パーセントがスマートフォンを持っていない。それでも、米国の人口の半数以上は利用できるようになっているが、スマホ所有者がこのシステムに参加することを選択するかどうかは別問題だ。
大多数の州はユーザーデータを公表していないため、私たちは州の公衆衛生局に直接連絡を取り、接触通知システムに参加した人数を尋ねた。
24の州とワシントンDCが推定ユーザー数を教えてくれ、2020年5月上旬までに合計3670万人の米国人が接触通知システムに参加していたことが分かった。接触通知システムを利用した住民の割合が最も高かったのはハワイ州で、約46パーセントに上った。また、コネチカット州、メリーランド州、コロラド州の4つの州では、住民の30パーセント以上が接触通知システムに参加している。さらに7つの州では、人口の15パーセント以上が参加している。
この割合は重要だ。モデルを用いた研究によると、人口の約15パーセントが接触通知システムに参加した地域は、新型コロナウイルス感染症の感染者数、入院者数、死者数が大幅に減少するという結果が出ている。この指標によると、米国の人口の約3分の1を占める13の州で、接触通知によってある程度の防止効果が得られている。
接触通知アプリを導入している州のうち、残り11州は、この成功の基準を満たしていない。アリゾナ州、ノースダコタ州、ワイオミング州の3つの州では利用者は人口の5パーセント未満だ。調査依頼に応じなかったサウスダコタ州は、アプリのアクティベーション率が低いノースダコタ州とワイオミング州と同じ「ケア19ダイアリー(Care19 Diary)」アプリを利用している。
ただし、各州の比較は完全なものではない。各州がデータをどのように収集・報告するかについては連邦政府の基準がないため、州によってはまったく異なる選択をしている可能性があるからだ。たとえば、ワシントンDCでは、「Reopening Metrics」ページで「接触通知システムの参加者」数を報告しているが、この数は実際の住民数よりも多い。ワシントンDC保健局の担当者は、この参加者数には、観光客や、居住地は別でワシントンDCで働く人が含まれていると説明した。ここでは、ワシントンDCのアクティベーション率には周辺の大都市圏(近郊のメリーランド州、バージニア州、ウェストバージニア州の一部など)の人口が含まれているとみなした。
アクティベーション率を測定するのが難しいもう1つの理由として、利用率の高い州の一部は、アップルとグーグルが2020年9月にリリースした新たなフレームワーク「曝露通知エクスプレス(Exposure Notification Express:ENX)」の恩恵を受けている点があげられる。このフレームワークにより、各州がアプリを立ち上げるまでの …