KADOKAWA Technology Review
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絵文字も消えた—越境する中国グレート・ファイアウォールの脅威
Anthony Kwan/Getty Images
China’s Tiananmen anniversary crackdowns reach far beyond the firewall

絵文字も消えた—越境する中国グレート・ファイアウォールの脅威

国力を高めてきている中国の検閲行為は、もはや自国内にとどまらない。海外に移住した中国人や、世界中のインターネットユーザーにさえ影響を及ぼすようになっている。 by Eileen Guo2021.06.08

米国東部時間の6月3日午前8時を回った頃、24時間連続のオンラインイベントが始まった。イベントはほぼスケジュールどおりに進行し、大きな混乱なく終わった。

民主化を求める学生主導の運動に対し、中国政府が武力弾圧した天安門事件(1989年6月4日)を記念して中国人活動家らが主催したこのイベントは、ズーム(Zoom)でホスティングされ、ユーチューブなどのプラットフォームでライブ配信された。

今回のイベントを開催できるかどうかは、不確かだった。主催者らは昨年の出来事が繰り返されるのではないかと懸念していたのだ。カリフォルニアに本拠を置くビデオ会議サービス企業のズームは昨年、中国政府の要請を受け、天安門事件に関係する3件のイベントを閉鎖した。その中には上記主催者のイベントも含まれていた。いずれのアカウントも中国大陸の外にあり、そのうち4つは米国にあったにもかかわらず、ズームは主催者らのアカウントを一時的に凍結さえした。

米国司法省はズームの措置について調査し、訴訟を起こした。「当社は、現地法の順守に必要なことだけに措置を制限するように努めています。中国大陸外のユーザーに影響を与えるような対応をすべきではありませんでした」。ズームはWebサイトの声明にそう掲載し、「不十分な対応でした」と非を認めた。

この一件は、中国のネットコンテンツに対する徹底した規制に西側のテック企業がどこまで合わせるのかを問う、最も極端な事例となった。

一連の抑圧策

このような自己検閲は中国のテック企業にとっては日常的なことだ。米通信品位法(CDA:Communications Decency Act)230条のような法律に守られている米国企業とは違い、中国企業は中国の法律によって、ユーザー・コンテンツに対する責任を負うこととなっている。

中国のインターネットはもともと厳しく監視されているが、例年、天安門事件の記念日のようなセンシティブな日付の数日前には通常以上に閉鎖的になる。さまざまなプラットフォームで特定の単語が検閲対象となり、よく使われるロウソクなどの絵文字が絵文字キーボードから姿を消し始め、さまざまなプラットフォーム上でユーザー名が変更できなくなる。そして他の時期であればギリギリ許容範囲内と思われるような発言でも、保安当局がやってくるようになる。

2020年、ズームは中国政府の要請を受けて、ユーザーのアカウントが中国の国外にあったにもかかわらず、天安門事件に関連する3件のイベントを閉鎖した。12月、米国司法省はズームに対して訴訟を起こした。

これに合わせて現実世界での弾圧も実施される。北京の天安門広場の警備が強化されるのだ。政府が不安定だと判定した他の場所も同様である。同時に、中国政府を声高に非難する人物は休暇を強制されたり、 無条件に拘留や投獄されたりする。

今年、このような弾圧はさらに拡大されている。新たな香港国家安全維持法が可決され、演説はひどく制限されることとなり、何カ月にも及ぶ抗議活動にもかかわらず、現地やマカオ近辺での記念イベントは公式に禁止された(昨年、同様の禁止を無視したことで24人が罪に問われ、その中には運動の最も著名なリーダーである民主活動家の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)もいた。黄は依然として収監中であり、先日さらに10カ月の期間延長が言い渡された)。

新型コロナウイルス感染症(COVIAD-19)も一役買っている。例えば台湾で計画されていた大規模な公開イベントも中止となった。新型コロナウイルス感染症の新たな波を受け、厳しいロックダウンが実施されたためだ。

こうしたことの全てが今年のオンライン・イベントの象徴的意味を高めている。

「『天安門は過去のことではない』というのが私たちのモットーです」と語るのは、台湾の民主化運動団体「華人民主書院(New School for Democracy)」の郭歷軒(グオ・リシュアン)運動部長だ。華人民主書院は中国語による最大規模の記念イベントを主催し、フェイスブックやユーチューブによるライブ配信や、登壇者のバーチャルでの登場を予定している。その中には昨年ズームで規制を受けた天安門事件・元学生リーダーの周鋒鎖(チョウ・フェンスオ)や、現地の雨傘運動(2014年の香港反政府デモ)のリーダーの1人を務めていた香港の元国会議員・羅冠聰(ラ・カンソウ)もいる。

それに加えてズームでの24時間連続のイベントや、音声のみのソーシャル・ネットワーク「クラブハウス(Clubhouse)」で英語によるイベントもある。周をはじめとする活動家たちは、1989年に民主化抗議運動が始まった日である4月15日以来、毎日4時間クラブハウスで会議を開催してきた。

ある意味で、周に対する昨年のズームの措置や、その後の米国政府による調査は、周に安心感をもたらすこととなった。ズームに対する徹底調査が実施されたことで、プラットフォームから再び追放される可能性は低いだろうと周は考えている。しかし周は、この事件は依然として、中国から遠く離れた国外にも「活動家にとって安全な場所はない」ことを示していると語る。

「もはや『中国国内』などというものはないのです」

ネット上で発言した個人は、プラットフォームから追放されるだけでは済まない。

中国大陸のネットユーザーは、クラブハウスやツイッターのような西側諸国のプラットフォームに参加したことで、中国のソーシャル・ネットワーク上で身元が暴露されてしまう。ツイッターで共産党指導者に対する批判的なコメントを投稿すると投獄されることもある。こうしたプラットフォームは中国大陸のユーザーの大部分はアクセス不可能であるにもかかわらずだ。その他の地域でも、中国国外の批判家は組織的な嫌がらせを受けている。抗議者がときには何週間にもわたって自宅の前に出現するのだ。国家が関与するハッカーがウイグル人などに対し、ときには国連当局者の名を騙ってサイバー攻撃を仕掛けることもある。

「活動家に対して、国家が支援するネット荒らしやドキシング(個人情報をネットに晒す行為)が実行されています。活動を一切止めるよう脅迫するためです」とニック・モナコは語る。モナコはコンサルティング企業、ミブロ・ソリューションズ(Miburo Solutions)の中国研究担当部長であり、先日の台湾における中国の偽情報についての共同レポートの共著者である。「永続的な恐怖を与えることで、イベント開催を事前に妨害しようと躍起になっていることは間違いありません」。

このような活動は今でも中国人の海外移住の主な理由となっている。そう語るのはマサチューセッツ工科大学(MIT)の博士候補者であるキャサリン・タイだ。タイは中国の国家的インターネット政策や政治を研究テーマとしている。しかし、中国企業が海外へとどんどん拡大し、中国の影響を受けている西側諸国の企業がますます「オープンにこの問題を解決」せざるを得なくなってきている中で、世界の他の地域でも検閲活動の余波がより日常的に見られるようになってきている。

最近、別の事例が発生した。ウィックス(Wix)で作ったラ元国会議員のWebサイトが削除されたのだ。ウィックスはイスラエルのホスティング会社だが、中国の国家安全維持法に違反しているという香港警察からの要請に応じたのだ。Webサイトは3日後、謝罪とともに復活した。

「国外からのプラットフォームへのアクセスが禁止されない限り、もはや『検閲は中国国内のみ』などということはあり得ないのです」とタイは語る。

何が起こっているのか気付かずにこうした規制に出くわす人もいる。6月初旬に、世界中で人気のある中国のオンライン・ロールプレイング・ゲーム「原神」のプレイヤーが、なぜユーザー名を変更できなくなったのかとツイッター上で当惑し始めた。

中国と接点のある人の中には、次のように推測した人もいる。ユーザーが自分のユーザー名を使って天安門事件に対する声明を出すことを防止するためなのではないかというのだ。これはよく使われる作戦であり、天安門事件の記念日が終われば名前変更機能は復活するのではないかという。

恥ずかしい名前のままで固定されてしまったと不満のコメントを述べる人もいたが、他のユーザーに情報を伝える機会として利用する人もいた。中国系米国人のユーザーは、「中国在住の人にとっては、検閲や政治的迫害は中国でまさに今起こっている現実の出来事なのです。これは生きた体験であり、『元に戻る』ことはありません」と述べた

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特集・調査担当の上級記者として、テクノロジー産業がどのように私たちの世界を形作っているのか、その過程でしばしば既存の不公正や不平等を定着させているのかをテーマに取材している。以前は、フリーランスの記者およびオーディオ・プロデューサーとして、ニューヨーク・タイムズ紙、ワシントン・ポスト紙、ナショナル・ジオグラフィック誌、ワイアードなどで活動していた。
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