NASAが2つの金星探査ミッションを採択、30年の冷遇に終止符
NASAは6月2日、2件の金星探査ミッションを新たに採択したと発表した。2件のミッションをほぼ同時期に実施することで、金星が現在のような過酷な環境になった経緯と理由が明確になることが期待される。 by Neel V. Patel2021.06.04
米国航空宇宙局(NASA)が、金星に特化したミッションを最後に打ち上げたのは、1989年だった。「マゼラン(Magellan)」軌道船は、4年をかけて金星を調査した後、金星の表面へ衝突した。以来、NASAは30年近くにわたり、金星に対して冷たい態度をとってきた。
しかしそれも、2本立てミッションによって、変わろうとしている。6月2日、NASAのビル・ネルソン長官は、金星を探査する2つの新ミッションを採択したと発表した。「ダヴィンチ・プラス(DAVINCI+)」と「ヴェリタス(VERITAS)」だ。ノースカロライナ州立大学の惑星科学者、ポール・バーン准教授の言葉を借りれば、「干ばつから宴会へと変わった」のだ。
なぜNASAが長きにわたって金星探査の復活に積極的でなかったのか。その理由は、正直、少し理解しがたい。確かに、金星は厳しい環境のために探査は常に厄介だった。表面温度は最高471 °C(鉛が溶けるのに十分な高温)で、周囲圧力(大気圧)は地球の89倍。大気は96%が二酸化炭素で、硫酸の分厚い雲に覆われている。1982年にソビエト連邦が「ベネラ(Venera )」13号探査機を金星に着陸させた際、探査機は破壊されるまで127分しかもたなかった。
とはいえ、金星の環境が、昔からそれほど厳しいものだったわけではないということも判明している。金星と地球は、同じような質量を持つ類似の天体として生まれたことが知られており、どちらも、太陽のハビタブルゾーン(生命居住可能領域:惑星の表面で水が液体で存在できる領域)に位置している。しかし、地球だけが居住可能になった一方、金星は地獄のような環境へと変わってしまった。科学者はその理由を知りたいと考えている。今回、新たに採択されたミッションは、「なぜ地球の兄弟惑星は、地球の双子惑星ではないのか、という根本的な疑問に答えるのに役立つでしょう」とバーン准教授は言う。
ちょうど昨年、生命発見の展望に大きな進展があったことから、NASAは金星の探査についてより真剣に考えるようになった。2020年9月に科学者らは、金星の大気中にホスフィンガスを発見した可能性があると発表したのだ。ホスフィンガスは、生物によって生成されることが知られている。これらの調査結果は、その後数カ月間にわたって綿密に精査されたが、現在でも、ホスフィンの測定値が真実であるかどうかは、よくわかっていない。しかし、これらすべては刺激的な材料となり、もしかしたら、地球外生命体を金星で発見できるかもしれないという議論を沸かせた。この興味津々の新たな展望により、金星は、人々の心の最前線(そしておそらくNASAの予算を承認する国会議員の心の最前線)に置かれた。
両方の新たなミッションが採択されたということは、「NASAから金星研究コミュニティへ向けた、『あなた方が無視されてきたことはわかっています。私たちはそれを正します』という非常に明確な声明なのです」と、カリフォルニア大学リバーサイド校の天文学者であるスティーブン・ケイン教授は言う。「信じられない瞬間です」。
ダヴィンチ・プラスは、「Deep Atmosphere Venus Investigation of Noble Gas, Chemistry, and Imaging Plus(希ガスと化学物質、画像に向けた金星大気深部の探査)」の略だ。ダヴィンチ・プラスは、金星の高密度で高温の大気に突入し、パラシュートで地表へ降下する宇宙船だ。降下する63分間、複数の分光計を使用して大気の化学的性質と組成を調査する。また、金星の地殻と地形の理解を深めるために、金星の風景を画像化する(成功すれば、降下中に金星を撮影した最初の探査機になる)。
ヴェリタスは、「Venus Emissivity, Radio Science, InSAR, Topography, and Spectroscopy(金星の放射率、電波科学、干渉合成開口レーダー、地形図、分光法)」の略で、安全な距離から調査をするために設計された軌道船だ。レーダーと近赤外線分光法を使用して、金星の厚い雲の下を覗き込み、表面の地質と地形を観察する。
2つのミッションの調査には、それぞれ異なるところに焦点がある。ダヴィンチ・プラスは金星の大気、気候、水の歴史と進化を調査することを目的としている。ヴェリタスは、科学者が金星の内部、つまり、火山と地殻変動の歴史、質量と重力場、金星化学、金星の地震活動がどの程度活発かを知る助けとなることが意図されている。
そして、2つのミッションは、ほぼ同じ時期(2028年から2030年の間)に金星に到達する見込みであるため、互いに補完しあえる。たとえば、ケイン教授は、惑星の居住可能性は、プレートテクトニクスやプレートの沈み込み(大気の炭素を惑星の内部へとリサイクルするプロセス)、そして金星の大気化学など、多くの要因によって導かれると指摘している。ヴェリタスは、惑星表面について史上初の観測を実施し、炭素のリサイクルが起こっているかどうかを教えてくれる。一方、ダヴィンチ・プラスは、大気化学を直接調べる。両方のミッションを組み合わせることで、「間違いなく完璧に」これらのプロセスが金星での居住可能性(またはその欠如)にどう影響するかについて、明確なイメージを提供してくれるとケイン教授は述べる。
それでもなお、これらのミッションは、バーン准教授が望む大規模な探査プログラムへの序曲に過ぎない。大規模な探査プログラムとは、火星の調査と同じように、同時に金星の表面、大気、軌道を探査する複数のミッションを実施するなど、金星の調査に特化した探査プログラムだ。「1つのミッションでは足りませんし、2つのミッションでもまだ足りません!」と同准教授は言う。ダヴィンチ・プラスとヴェリタスは、今後何十年にもわたって、そうしたプログラムの基礎を築くのに役立つ可能性がある。火星についてはサンプルを持ち帰る準備ができているが、同様に、金星からサンプルを持ち帰ることが、私たちが生きている間に可能になるかもしれない。
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- ニール・V・パテル [Neel V. Patel]米国版 宇宙担当記者
- MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。