くさびのような頭を持った棒人間が、画面を横切っていく。かがんだような姿勢で、片膝を地面に引きずって移動している。そう、おそらくそれは歩いているのだ。
それでもルイ・ウォンは喜んでいる。「毎日オフィスに来てコンピューターを立ち上げると、予想外の光景を目にします」。
ウーバー(Uber)の人工知能(AI)研究者であるウォンの趣味は、自分が開発に携わった「ペアード・オープン・エンデッド・トレイルブレイザー(POET:Paired Open-Ended Trailblazer、一対の終わりなき先駆者の意)」というソフトウェアをノートPCで一晩中動作させることだ。POETとはバーチャル・ボットを訓練する道場のようなものだが、これまで学んだことはさほど多くはない。AIエージェントに囲碁をやらせたり、がんの兆候を探させたり、タンパク質の構造を予測させたりはしない。ただ、柵や崖などの障害物がある粗末な描画の世界を転ばないよう進んでいくだけだ。
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注目すべき点は、学んでいることそのものではなく、学習の方法にある。POETは障害物のあるコースを生成し、ボットの能力を評価し、次の課題を用意する一連の処理を人間の介入を受けることなく続けている。ボットは試行錯誤を通じて、つまづきながらも進歩していくのだ。「どこかの時点でボットがカンフーの達人のように崖を飛び越えるかもしれません」とウォンは言う。
今の段階ではごくつまらないものに思えるかもしれないが、ウォンら一部の研究者は、POETが高度な知性を宿す機械を作り出すための革新的な方法へ続く手がかりになると見ている。つまり、「AIにAIを作らせる」という方法だ。
ウォンの以前の同僚だったジェフ・クルーネは、この発想を強く支持する研究者の1人だ。クルーネはまずワイオミング大学で、次にウーバーAIラボで、ウォンらとともにこの研究に何年も取り組んでいる。現在はブリティッシュコロンビア大学理学部で准教授として働きながら、世界トップクラスのAI研究機関である「オープンAI(OpenAI)」でも支援を受け、研究を続けている。
本当の意味での知性を持つAIを作ろうというこの試みを、クルーネは人類史上最も野心的な科学的探求と呼ぶ。AI開発の取り組みが本格化して70年が経った今でも、人間を超えることはおろか、人間と同等の知性を持つ機械さえもまだ遠い。クルーネは、POETがその近道を示してくれるかもしれない、と考えている。
「足かせを外し、これまでのやり方を変えるべきです」(クルーネ)。
クルーネが正しいとすれば、AIを使ってAIを作ることは、汎用人工知能(AGI:Artificial General Intelligence)、すなわち人間よりも賢い機械を作り出すための重要なステップになるだろう。短期的にはこの技術は、これまでにない種類の知性を発見するのに役立つはずだ。つまり、予想外の方法で回答を導き出し、人間に取って代わるのではなく補完しうるような、人間とは異なる種類の知性である。
脳を再現しようとせず、脳の生成過程を再現する
私がこのアイデアについてクルーネと初めて話したのは2020年の初め、彼がオープンAIに移ってから数週間経った頃だった。クルーネはこれまでの研究については嬉しそうに話してくれたが、新しく入ったチームで何をしているかについては固く口を閉ざした。クルーネは屋内で電話で話すよりも、オフィスの外に出て、近くの通りを行ったり来たりしながら話すことを好んでいた。
「オープンAIとは水が合っている」とだけ、クルーネは話してくれた。「私のアイデアはオープンAIの信念の多くに沿ったものでした」と言っていた。「理想の組み合わせです。彼らはビジョンを気に入ってくれて、その追究のため私に来てほしいと言ってくれました」。クルーネがチームに入って数カ月後、オープンAIはウーバーでクルーネと共に働いていた仲間もあらかた採用した。
クルーネの野心的なビジョンの裏付けになるのは、オープンAIの投資だけではない。AIの歴史を見れば、人間が考案した手法が機械の導き出したものに取って代わられた例は数多くある。例えばコンピューター・ビジョンの世界では10年前、機械が自身で最初から学習したシステムが、人間の手で作り上げたシステムに取って代わり、画像認識の一大ブレークスルーが起こった。同じような成功例がAIにはたくさんある。
AI、とりわけ機械学習の魅力は、人間がこれまで見つけていない回答を見つけ出し、私たちを驚かせる能力にある。よく例として挙がるアルファ碁(AlphaGo)と、その後継のアルファゼロ(AlphaZero)は、古くから人々を魅了してきた囲碁というゲームで異質ともいえる戦略を駆使し、人類最強の棋士を破った。何百年にもわたって達人たちは囲碁の研究にいそしんできたが、誰も思いついたことのない答えにAIはたどり着いたのだ。
クルーネは現在、オープンAIで、ある研究チームと共同で研究している。チームは2018年に、バーチャル環境内でかくれんぼのやり方を学ぶボットを開発していた。かくれんぼを学ぶため、それぞれのAIにはまずシンプルな目標とツールが与えられる。一方がもう一方を見つけるのが目標で、見つからないように動かせるもの(これがツールだ)の後ろに隠れることができる、というのが出発点だ。その後ボットに自由に学習させ始めると、まもなく研究者の予期せぬ形で環境を活用する方法を見つけ出す。バーチャル世界の物理演算を受け持つプログラムに一過性の障害を発見し、その障害を利用して壁を飛び越えたり、あまつさえ壁をすり抜けたりようになったのだ。
このように予期せぬ行動が自然発生することからは、興味深い可能性がうかがえる。人間では考えも及ばないような技術的解決法にAIがたどり着き、新しく効率的なアルゴリズムやニューラル・ネットワークの発明につながるかもしれない。それどころか、現代のAIの基礎を成すニューラル・ネットワークさえも不要にしてしまうかもしれない。
単純なものから知性が出現した例がすでに存在することを、クルーネはたびたび語っている。「このアプローチが興味深いのは、有効な方法だと分かっているからです。ダーウィン的進化という非常に単純なアルゴリズムから人間の脳が生み出されましたが、この脳こそ私たちの知る限り宇宙でもっとも知的な学習アルゴリズムなのです」。数え切れないほどの世代を経て遺伝子がランダムに変異してきた結果、私たちの知る知性が誕生したというのであれば、その知性自体を再現するよりも、知性の生成過程の再現を目指す方がよりシンプルではないか、というのがクルーネの主張の要点だ。
ただし、もうひとつ重要な見解がある。知性は進化の終着点や目的ではないということだ。さまざまな課題に対して細かな解決法を無数に用意することで生物は生き延び、将来に備えることができるが、知性はその細かな解決法の集まりから、さまざまな形を取って現れてくる。現在進行系で、最終的な形が決まっていない過程における現在の到達点こそが、知性なのだ。この観点から見れば、目的を達成するための手段とみなされがちなアルゴリズムは進化とはかなり異なるものだ。
POETが一見無目的にさまざまな課題を生成し続けることからも垣間見えるが、最終的な形が決まっていないという事実こそ、クルーネらが新種のAIへの手がかりになると信じるものだ。AI研究者は人間の知性を模倣したアルゴリズムの構築を長年試みてきた。しかし、進化の過程に見られる、最終的な形が決まっていない課題解決の過程を模倣したアルゴリズムを構築し、あとは何かできるのをじっと見守ることで、真のブレークスルーが訪れるのかもしれない。
すでに研究者たちは自ら機械学習を活用し、複数の課題を同時に学習し、未知の状況に対応できる機械を開発する方法などの難問の解決法を探るために、機械学習を訓練している。AGIの実現にはこのアプローチを推し進めていくのが最良だとの意見があるが、クルーネは「それほどの知性を持たないアルゴリズムから始めて、それが独力でAGIへと発展していくにまかせる道もありえます」と言う。
目下のところ、AGIは夢物語というのが現実だが、その理由の大部分は、どうやって作ればいいのか誰もわかっていないことにある。AIの進歩は少しずつ人の手によって成し遂げられてきたもので、その過程の中で既存の手法やアルゴリズムが改良され、性能や精度が向上してきた。クルーネはこのやり方を、必要なものやその数も分からないまま、AIの構成要素を探すようなものだとみている。これは始まりに過ぎない。「いつの日か、その構成要素を組み合わせるという難題に直面するでしょう」。
構成要素の探索と組み立てをAIに任せるようになれば、パラダイムシフトが起こる。知性を宿す機械ができるなら形式は問わない、とにかく機能するものがあればいい、という発想だ。
AGIはまだ実現していないものの、自己学習アプローチで作られる …