宇宙の暗黒物質の詳細マップ公開で、予想外の問題が浮上
国際プロジェクト「ダークエネルギー・サーベイ(DES)」が、宇宙の暗黒物資の分布を詳細に表した最新マップを公開した。今回の結果は、ビッグバンを起源とする「標準的宇宙論モデル」と概ね整合性が取れたものであるが、予想外の問題もいくつか浮かび上がってきた。 by Neel V. Patel2021.06.01
暗黒物質(ダークマター)を説明しようとするのは、あなたの家の中に住んでいる幽霊について説明しようとするようなものだ。それ自体は一切目に見えないが、それが動かしているものは見ることができる。唯一それを説明できるのは、直接は観測も計測も接触もできない見えない力だけである。
私たちが暗黒物質の存在を知っているのは、宇宙を取り囲んでいる暗黒物質が及ぼす影響を観測できるからだ。科学者たちは、宇宙の約27%が暗黒物質でできていると推測している(68%が暗黒エネルギー、残りの5%が通常物質およびエネルギーだ)。この捉えどころのない物質は正確にはどこにあるのか?そしてそれは宇宙でどのように分布しているのか?それが皆の頭の中にある問いだ。
「ダークエネルギー・サーベイ(DES:Dark Energy Survey)」と呼ばれる国際プロジェクトは、この問いに答えを出すための取り組みだ。DESは先日、宇宙にある暗黒物質の最も巨大かつ詳細な地図を公開したばかりだ。地図の作成にあたっては、アルバート・アインシュタインの一般相対性理論まで遡る物理学の考え方と、現時点ではしっかり整合性が取れない予想外の発見もいくつかあった。
DESでは、暗黒物質をマッピングするにあたっての代用として、できる限り多くの銀河を画像化しようとする取り組みである。暗黒物質の重力はこれらの銀河の分布のあり方に強い影響を与えているため、科学者らは銀河の位置から暗黒物質の密度が高い場所を推測できる。2013年8月から2019年1月にかけて、多くの科学者たちがチリにある4メートルのヴィクトル・M・ブランコ望遠鏡(Victor M. Blanco Telescope)に集結し、近赤外線で空を観測した。
今回の地図作成には重要なポイントが2つあった。1つ目は、単純に宇宙全体における銀河の位置と分布を観察することだ。銀河の配置は、暗黒物質が最も集中しているのはどこなのかを科学者たちが突き止める手がかりになる。
2つ目は宇宙空間を移動する暗黒物質によって生じる「重力レンズ」を観測することだ。重力レンズとは、まるで虫眼鏡を覗いた時のように、銀河から放たれる光がの重力で引き伸ばされる現象のことである。科学者たちは重力レンズを利用することで、実際に暗黒物質がその付近の空間をどの程度占めているのかを推測できる。光の歪みが強いほど、暗黒物質が密集していることになる。
最新の調査結果は、延べ345晩以上にわたって2億2600万個を超える銀河を観測して集計された、DESの最初の3年間のデータから導き出された。「現在、南天球の4分の1以上に渡る暗黒物質をマッピングできました」と、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンおよびパリ高等師範学校(École Normale Supérieure )の研究者で、DESプロジェクトの主導者の1人でもあるナイアル・ジェフリー博士は話す。
今回のデータは、いわゆる「標準的宇宙論モデル」と概ね合致している。標準的宇宙論モデルでは、宇宙はビッグバンによって誕生し、全体の質量エネルギーの95%は暗黒物質および暗黒エネルギーでできていると仮定されている。今回の新たな地図により、これまでは見えなかった宇宙における広大な暗黒物質の構造の一部を、科学者たちがより詳細に研究できるようになった。地図上の最も明るい部分が暗黒物質の密度が最も高く、非常に密度が低いボイド(空洞)の周囲にクラスター(銀河団)とハロー(銀河を包み込むように球状に分布している領域)を形成している。
だが、予想外の問題もいくつか浮かび上がってきた。「宇宙は我々の予想よりもなめらかなのではないかという手がかりを発見しました。これらの手がかりは、他の重力レンズ実験でも観測されています」と、ジェフリー博士は話す。
これは一般相対性理論で予測されていなかったことだ。一般相対性理論に従えば、暗黒物質はもっと密度が高く、もっと不均等に分布しているはずだ。公開されている30ページに渡る論文で著者らは、「このエビデンスは全くもって確定的なものではないが、我々は新たな物理学の始まりのきっかけを目の当たりにしているのかもしれません」と述べている。宇宙論研究者にとっては、「アインシュタインが説明した重力の法則を変えることに相当するものかもしれません」。
もしそれが本当なら影響はあまりにも大きく、慎重な姿勢が何よりも重要だ。なぜなら、実際のところ、私たちが暗黒物質について知っていることはあまりにも少ないからである(なにしろ、まだ直接観察できていないのだ)。例えば、「仮に付近の銀河が複雑な天体物理学の影響によって不思議な形で整列しているとすると、重力レンズを用いた私たちの研究結果は誤解だったということになります」とジェフリー博士は書いている。
言い換えれば、今回の暗黒物質の地図に歪みを与えるような結果をもたらした、何らかの風変わりな説明が付けられる可能性は大いにあるということだ。そしてそれは、一般相対性理論と両立するものかもしれない。そうなれば、アインシュタインが正しいという前提でこれまでの生涯を研究に費やしてきた天体物理学者たちは、心の底から胸をなでおろすことになるだろう。忘れてはならないのは、一般相対性理論は長年に渡ってさまざまな試練に直面してきたが、そのどれも見事にクリアしてきたということだ。
今回の研究結果はすでに波紋を呼んでおり、今後はさらに複数のDESデータの公開が控えている。「すでに天文学者らはコズミック・ウェブの構造研究に今回の地図を利用しており、銀河と暗黒物質の繋がりに関する理解を深めようとしています」とジェフリー博士は話す。今回の研究結果が実際には取るに足らないものなのか、それとも私たちの宇宙に対する理解が大きく書き換えられようとしているのか、そう遠くないうちに答えを知ることができるのかもしれない。
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- ニール・V・パテル [Neel V. Patel]米国版 宇宙担当記者
- MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。