新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの無料キャンセル待ちサービス「ドクターB(Dr. B)」を知ったとき、ジョーニー・シェーファーには選択肢がなかった。2月初旬、ワクチンの予約枠はほとんど空いていなかった。すでにワクチンを接種済みだったシェーファーは、友人や家族、さらには見知らぬ人たちのためにワクチンを確保するボランティアに取り組んでいた。
彼女は、吹雪の中のオレゴン州の高速道路や、営業時間が終わった薬局など、全米各地で使用期限切れ間近のワクチンが偶然見つかったという記事を読んでいた。そこで、キャンセル待ちをしている人々に、その近くで接種可能なワクチンがあることを通知するという新しいWebサイトのことを知り、試してみる価値があると思ったのだ。
ドクターBが提供するサービス内容はシンプルなものだ。個人情報を提供すれば、ドクターBが近くのワクチン接種会場のリストを調べ、使い切る必要のある余剰ワクチンを探してくれる。適合すれば、申込者はメッセージを受け取り、15分以内にワクチン接種を予約できる。利用開始前には、名前や郵便番号、生年月日、電子メール、電話番号、仕事の種類を入力し、喘息やがんなどの病歴がある場合や妊娠している場合はその旨も登録する必要がある。
シェーファーが連絡を取った人物の中に、ブルックリンに住む70代男性のがん患者がいた。彼はワクチン接種の対象だったが、予約の空きを見つけられなかった。「私は切羽詰まってドクターBに登録してみました」。シェーファーは、この男性がドクターBのリストの10891番だということを伝えるメッセージを受け取った。
ニューヨーク・タイムズ紙やブルームバーグ、タイム誌などによる報道のおかげで、ドクターBの登録者数は数週間のうちに数百万人にまで膨れ上がった。各種報道はドクターBが、ワクチンが余っている場所と、ワクチンを必要としている米国人の間を取り持つことに徹するという約束を強調していた(ドクターBによると、250万人近くの人々がこのサービスに登録したという)。 ワクチン接種が行き渡るスピードと、危険な変異株が広がるスピードとの競争になっている——。そう連想させるニュースの見出しが躍る中、人々は必死になっていた。米国疾病予防管理センター(CDC)が構築した全国的な予約Webサイトは障害を起こし、一部の市民はワクチン接種の予約に関する情報をWeb上で交換していた。
しかし、シェーファーにとっては、ワクチン接種の機会を得やすくしようとする努力のすべてはぬか喜びに過ぎなかった。ドクターBは、予約情報を通知して来なかった。結局彼女は自力で検索を続け、最終的に自らの手でその男性の予約を入れた。ドクターBから返信があったのは、彼がワクチンを接種してから何週間も経った4月1日のことだった。しかも返信の内容は、予約できたことを知らせるものではなく、予約の可能性を知らせるだけのものだった。テキストメッセージには、「明日接種を受けられる通知が届く確率は50%です」「明日、ワクチンの接種に来られますか?」と書いてあった。
その時点ではワクチンの予約枠は十分すぎるほどあり、30歳以上のニューヨーク在住者なら誰でも接種できるようになっていた。シェーファーはこのタイミングでの通知に戸惑ったが、記者が調べてみると決して珍しいことではないことがわかった。
実際にドクターBを使って予防接種を受けた人を探してみた。登録したという人に電話をかけ、テキスト・メッセージをやりとりした。ネット上の掲示板やコミュニティを探し回ったが、何週間探しても、このサービスを利用して接種を受けたという人を一人も見つけられなかった。それどころか、全米各地の数十人もの人々から、ドクターBに登録したが、他の場所でワクチンを接種した後にようやく案内が届いたという話や、ドクターBに登録したにもかかわらず、何の連絡も来なかったという話を聞いた。
新型コロナウイルス感染症に関するフェイスブック・グループを運営しているカレン・メネンデスは、ドクターBに関する議論を目にしたことはあるが、このサイトを通じてワクチンを接種した人にはいまだ出会ったことがないという。メネンデスのフェイスブック・グループのメンバーはおよそ1万人。ニューヨークで特に人気のあるフェイスブック・グループの1つだ。
ビデオ通話から感染者の行動を追跡可能にするアプリ、そしてワクチンそのものまで、今回の世界的な健康危機の間に発展したテクノロジーは、特殊な課題に次々と直面している。全世界が注目し、多数の市民が命の危機に瀕しているとき、コンピューター・システムには迅速な稼働が求められていた。そうした追い詰められた状況下で、テクノロジーが完全な成功を収めた例はほとんどなく、その多くは期待に応えられなかった。人々が最も弱っているときに、人々を支援するサービスを構築することは難しいことなのだ。
記者は詳細を知るために、ドクターBに対して、同社のサービスを通してワクチン接種を受けた人の数を尋ねた。口頭および書面による要請を重ね、創業者にインタビューまでしたが、ドクターBはワクチン接種につながった件数や、ほかの成功の尺度を提供することを拒否した。
そのため、ドクターBが目的を達成できたのか? そして、膨大な人々の名前や住所、連絡先、健康状態などのリストを使って、この運営会社は何をしているだろうか? という疑問だけが私には残った。
本当に全米50州で利用できるのか?
ドクターBが創業後間もない2021年1月、創業者のサイラス・マッソーミが報道陣にドクターBを売り込んでいたとき、なぜこのサービスを創業したのかを説明している。
「あらゆる記事を読んでいて、なぜ、すべての医療機関で使用できる、効果的にワクチンを再配分できる全国的なキャンセル待ちシステムがないのだろうか、という疑問が浮かんだのです」。いくつもの企業を興してきたマッソーミ創業者は、3月にブルームバーグに語っている。
ドクターBが、 この質問に対するマッソーミ創業者の答えだった。このサービスは、ワクチンそのものを提供するのではなく、公的な接種機関と提携し、その機関でワクチンが余りそうなときに通知するというものだ。同社によると、ワクチンが余りそうな接種会場の近隣にいる対象者をリストアップするアルゴリズムを使用して、ワクチン接種を予約できる機会を提供しているという。
アーカンソー州リトルロックにあるコーナーストーン・ファーマシーのオーナー兼薬剤師のブリタニー・マーシュは、ドクターBと契約した最初の接種機関だ。マーシュは、ドクターBのマッソーミ創業者とも友人だというチェルシー・クリントンの友人を通じてドクターBを紹介されたという。ドクターBの担当者がアーカンソー州に飛んできてサービスをテストし、「記録的な速さでサービスを立ち上げました」(マーシュ)と言う。
「私たちは電話をかけ、誰かに来店してもらい、接種の準備ができているワクチンを期限切れになる前に打たせてもらおうとしていました」。当時、この薬局ではワクチンを廃棄してはいなかったが、「大いに助かったことは事実です」。
マッソーミ創業者は、当時受けたインタビューで、全国的な接種会場や接種担当のネットワークを構築すると話していた。しかし、ドクターBが3月に展開した宣伝活動では、マーシュの薬局は同社が契約している全国2カ所の接種会場のうちの1つに過ぎなかった(残りの1カ所は、ニューヨーク州クイーンズ区のワクチン接種拠点だった)。
ドクターBは登録を検討する人に、その居住地にかかわらず登録するよう働きかけていた。しかしドクターBは、登録者の居住する州や、該当する郵便番号の地域にドクターBと提携する接種会場があるかどうかは公開していなかった。
同社は、「全米50州で利用できる」とネット上の投稿で主張し、全国規模のサービスであると宣伝し続けてきた。 マッソーミ創業者にネットワークの正確な規模を尋ねると、ドクターBは全国には対応していないが、37州に約600カ所の提携接種会場があると答えた。しかし、提携接種会場がどこにあるのかということや、どの州で活動しているかについては明言を避けた。マッソーミ創業者が語った提携先には、CVS/ファーマシー(CVS/pharmacy)やウォルグリーン(Walgreen)などの大手薬局チェーン店は入っていない。CVS/ファーマシーとウォルグリーンは、企業としてはドクターBと提携していないと話しているが、マッソーミ創業者によると、一部の個別店舗がドクターBの提携接種会場となっているという。600というパートナー数は多いと思うかもしれない。しかし、米国疾病予防管理センター(CDC) が追跡した8万カ所を超える全米の接種会場に対してはわずか 1% 未満に過ぎない。
創業者がかつてデジタル医療サービスを手掛けていたことを考えると、ドクターBの規模感は意外に思えるかもしれない。マッソーミ創 …