記録的な速さで、安全かつ効果的な新型コロナウイルス感染症ワクチンが複数開発されている。にもかかわらず、世界のワクチン製造大国であるインドが現在、このウイルスによって厳しい状況に置かれているのは残酷な皮肉だ。インド政府による公式発表では、1日あたりの新規感染者数は38万人を超え、死者数は1日で3400人に上ると伝えられている。この数字だけでも深刻だが、実際の被害はそれよりもさらに大きいと見られている。インド中の医療システムが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の第2波の圧力によって追い込まれており、酸素、医療機器、医薬品、病床の深刻な不足によって状況がさらに悪化するおそれがある。
インドの強力なワクチン開発および生産計画は、低~中所得国へのワクチン供給をこれまで支えてきたが、国内ではワクチン接種の大規模な拡大に苦戦している。同感染症のパンデミック発生から1年が経ち、国際的な連携の取り組みがいくつか実施されてきたが、インドで起こっている危機によって際立った不平等の高まりを解消するには至っていない。
なぜこうなってしまったのか。事態のさらなる悪化を防ぐためには今何をすべきなのか。
手遅れだ
危機にあっては、リーダーシップがとりわけ重要となる。昨年9月に新型コロナ感染の第1波がピークを過ぎると、インド中の政治リーダーたちは現状に満足し、時期尚早に勝利宣言をして公衆衛生対策を緩和した。ナレンドラ・モディ首相は今年1月に実施された世界経済フォーラムで、インドは「新型コロナウイルスを効果的に抑え込むことで、人類を大災害から救いました」と述べた。だが、ここ数週間で開かれた選挙集会や大規模な宗教集会といったイベントによって、大規模な感染拡大が引き起こされてしまった。
感染が増加する中で、ワクチン接種は第2波を緩和できるほどのペースでは実施されてこなかった。インドのワクチン接種回数は1億5000万回で、世界で3番目に多い。しかしながら、インドは膨大な人口を抱える国であり、少なくとも1回のワクチン接種を受けたインド国民はわずか9.1%。ワクチン接種が完了した国民に至っては2%に過ぎない。
米国をはじめとする多くの高所得国と異なり、インドは大量の新型コロナウイルス感染症ワクチンを輸出している(パンデミック発生以来、95カ国に対して6600万回分を超えるワクチンを輸出してきた)。現在のインド国内におけるワクチン生産能力は1カ月あたり7000万~8000万回分だ。しかし、世界の最貧国に対してワクチンへの平等なアクセスを提供することを目的とした国際的な取り組みである「コバックス(COVAX)」での契約上の義務を考慮しなかったとしても、これでは7月までに3億人のワクチン接種を完了するというインド政府の目標は達成できない。
当初は他国から羨望の眼差しを向けられていたインドの民間製薬企業だが、ワクチンの研究開発および生産の増強にあたっては、一部の国の政府が実行したような迅速かつ積極的な支援を受けることはできなかった。米国では、2020年5月に始まった「ワープ・スピード作戦(Operation Warp Speed)」によって新型コロナ・ワクチン開発とその先行発注に180億ドルが投入されたが、インド政府はインド製ワクチンを今年1月に入るまで正式購入することはなく、国内製造されたワクチ …