新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な流行)は、都市生活者に残酷な皮肉をもたらしている。野球の試合からオペラまで、人々のつながりや大人数での集まりを容易にするという、都市を活力に満ちたものにする性質が危険だというのなら、都市には一体どんな価値があるのだろうか?
いわゆるポスト・コロナの世界における都市の未来を考える時、この疑問は核心的な懸念になる。少なくとも十分な数の人々がワクチンを接種し、コミュニティが集団免疫を獲得するまでは、社会的距離の確保、マスク着用、大人数での集会の制限が多くの地域で続くだろう。大部分の繁華街は活動を休止しており、オフィスや交通の要所に不要不急な労働者の姿はない。地方自治体の財政は税収減によって大打撃を受け、観光客や売上の減少は、公立学校や公衆衛生といった必須の都市サービス、あるいは暮らしを快適にする公園などの施設の予算縮小を意味する。
これに経済的困難が加われば、パンデミックの間は都市から逃げ出すのが賢明な選択のように思える。
米国で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が最初に猛威を振るったのは、最大都市ニューヨークではなかったか? ニューヨークのような都市の人口密度こそが、高い感染力を持つウイルスのホット・スポットになるという避けがたい結果を招いたのではないか? 少なくとも中世以来、人々はエピデミック(局地的な流行)の間、本能的に地方へと逃げ出したのではなかったか?
実際には、都市生活は多くの人が思っているほど新型コロナ・リスクは高くないという研究結果もある。2020年6月、ジョンズ・ホプキンス大学とユタ大学の研究チームは、大都市圏の人口、社会経済要素、医療インフラを考慮した結果、米国の各州において人口密度と感染率に関連がないことを明らかにした。むしろ、旅行などによる郡間の移動の方が、ウイルスの蔓延や死者数により大きく影響している。昨年7月にドイツのIZA労働経済研究所が発表した研究でも、人口密度の高い地域ほど新型コロナウイルス感染症の発生が早い傾向にあったものの、人口密度と感染者数・死者数とに相関性はなかった。
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