1972年、アタリの創業者ノーラン・ブッシュネルは「ポン」を開発した。ポンは卓球ゲームで、多くの意味でビデオゲーム産業の元祖だ。45年後、ブッシュネルはポン同様のシンプルなゲームで、ゲームセンター向けの実質現実(VR)ゲームがヒットするか試そうとしている。
モーダルVR(Modal VR)はブッシュネルの最新のベンチャー企業で、独自の無線VRゴーグルやゲーム(ゲームセンターやショッピングモール、映画館等の場所で来月から展開予定)を開発している。つい最近の土曜日、サンフランシスコでさまざまな年代の人の列が教室ほどの広さの空間を動き回る中、もう70代中頃で髪も白くなったブッシュネルは、パタゴニアのプルオーバーとModal VRの黒い帽子をかぶって観客の中に静かに座っていた。集まった人は二人ひとくみで試作型の大きな黒いゴーグルを装着し、左右に走っている。実質現実の中でシンプルな白いパドルを操作し、ポンで遊んでいるのだ。
「VR版のポンのステージにいる」と考えればしっくりくる、とブッシュネルは笑っていう。
昨年、高性能ゴーグルが数機種発売され、リビングルームでVRを体験できるようになった。しかし、多くの理由で、VRテクノロジーの普及はまだ始まったばかりだ。VRゴーグルはまだまだ大きく、高価で、いったん頭に装着するとほとんど何もできなくなる。市場調査会社カナリス(Canalys)の予測によれば、2016年には200万台以上のゴーグルが販売されたが、たとえばビデオゲーム機の需要と比べれば、たいした台数でないことはすぐにわかる (最も販売台数が多かったのはソニーのPS4で、2016年のホリデーシーズンだけでも600万台以上売れた) 。
消費者向けの実質現実は、価格が下がり、ゴーグルの性能が向上すればおそらく流行するだろう。しかしそれまでは、もっと安い金額でゲームセンターやテーマパーク、ボーリング場で友だちとVRを試すほうが消費者は喜ぶだろう、と多くの企業が考え始めている。
Modal VRによると、理論上、最大16人のユーザーが約8万4000平方メートルの巨大な空間(最近のVRの通常の移動可能領域よりもはるかに広い空間だ)を探索できるという。Modal VRは現在までにゴーグル1機種とゲーム3作を開発している(Modal VR製ゴーグル用に他の開発者がゲームを制作できるようにする計画もある)。Modal VRが開発したゲームは対戦ゲーム「Mythic Combat」と宇宙が舞台の一人称シューティングゲーム「Project Zenith」で、もともとModal VRはポンを提供する計画はなかった。クロフォードによると、ポンはもともとブッシュネルへの敬意として、冗談で企画されたのだ。しかし、1月下旬にサンフランシスコで開催されたテクノロジー展示会「World’s Fair Nano」でModal VRの開発状況を示すために、単純な2人用ゲームのポンをとにかく展示することになったのだ。
ジェイソン・クロフォードはModal VRの創業者だ(ブッシュネルはクロフォードに関心を持ち、ブッシュネルはModal VRの共同創業者になった)。クロフォードによると、Modal VRのゴーグルは11歳の子どもがゲームセンターで強く叩いても耐えられるほど頑丈に設計したという。VRゴーグルはコンピューターに接続する必要はなく、すぐ近くにいる他の人とゲームを遊ぶために使えるとクロフォードはいう。ただし、クロフォードはModal VRを支える技術仕様を明らかにはしなかった。
イリノイ工科大学で映像ゲームとその歴史を研究しているカーリー・コクレク助教授は、特にVR技術の使い方を説明できる点で、多くの人がゲームセンターのような環境で実質現実を試すのは意味があると賛同している。
「人々は自宅から出る理由が欲しいのです。お酒を飲みたくない人や、お酒を飲むことしかやることがない状況を望まない人は多くいます」とコクレク助教授はいう。
ただしコクレク助教授は別の問題を指摘している。VRゴーグルを装着している人は、他の人の見世物になることが多いのだ。コクレク助教授は、最近旅行したラスベガスでゴーグルを装着して実質現実体験に没頭している人々をたまたま目にしてこの問題に気がついた。
しかし、ポンを楽しんだニラー・ドクターと10歳の息子スールは他の人の見世物になることを気にしていないようだ。ニラーとスールは、教室ほどの広さの場所で、交代で闇雲に左右に走り、バーチャルな立方体をパドルで前後に打ち合っていた。その間、何人かの見物客が頭上のディスプレイでゲームを観戦していた。
VR版ポンで遊べる時間はわずか2分ほどだ。また、グラフィックは元々のポンから大して進化していない。にもかかわらず、遊び終わるとニラーもスールも感動したという。ゲームに勝利したスールは、得点し続けるためにたくさん動き回る必要があるのを楽しんだ。ニラーは息子と一緒にプレイするのが楽しかったという。
では、2人はこの種の実質現実ゲームにお金を払うだろうか。
「もちろん払うと思うよ。たまにはね」とニラーはいった。