「ブレークスルー感染」があってもワクチン接種を推進すべき理由
生命の再定義

Some vaccinated people are still getting covid. Here’s why you shouldn’t worry. 「ブレークスルー感染」があってもワクチン接種を推進すべき理由

ワクチンを接種したにもかかわらず、新型コロナウイルスに感染する症例が米国で報告されている。だが、こうした「ブレークスルー感染」はワクチンを大勢に接種した場合には十分予想されることであり、ほとんどの人々にとってワクチンの恩恵は依然として大きい。 by Cassandra Willyard2021.05.06

米国では現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの接種が完了している人が数千万人にのぼっている。ワクチンの接種が完了したことで、友人と会ったり、外食したりしている人がいるが、中にはまれに新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染してしまうことがある。

しかし、慌てる必要はない。このような「ブレークスルー感染」は、どんなワクチンであっても、大量接種の際には十分に予想されることなのだ。

米国疾病予防管理センター(CDC)が発表した新しいデータによると、米国では4月20日時点で8700万人以上のワクチン接種が完了しており、そのうち、7157人(0.008%)が新型コロナウイルスに感染したという。軽症者や無症状感染者が見逃されたり、報告されなかったりする可能性があるため、実際の数字はもう少し高くなるだろうが、このデータには依然として力づけられる。ワクチンを接種した人のうち、感染者はわずかであり、重症化した人はさらにごくわずかだ。新型コロナウイルス感染症で入院した人は331人、死亡者数は77人だった。

最近報告された新たな研究によると、介護施設のような高リスク環境であっても、このようなブレークスルー感染はまれだということがわかっている。感染したとしても、症状が出ないか、軽症であることが多い。さらに、ワクチン接種を受けた人が感染した場合、ワクチンを接種していない人に比べてウイルス量が少ないため、他人に感染させる可能性が低いこともわかっている。

しかし、ブレークスルー感染を常に監視することは重要だ。既存の新型コロナウイルス感染症ワクチンはいずれも、免疫系にウイルス表面のスパイクタンパク質を認識させることで、本物の病原体に遭遇したときにすばやく攻撃できるようにするというものだ。しかし、ワクチンを接種しても体がしっかりと免疫反応を起こさなければ、ウイルスと戦う準備ができない。また、病原体が進化して、体の免疫反応を回避できるようになっているかもしれず、その場合はワクチンがうまく機能しない。この現象は「免疫回避」と呼ばれる。

新型コロナウイルスを研究している研究者の中には、世界的に大量のウイルスがまだ循環しているため、ウイルスがワクチンによる免疫反応を回避できるような変異の組み合わせを獲得する機会がいくらでもあるのではないかと心配している者もいる。ブレークスルー感染を追跡することで、気がかりな新種のウイルスを発見したり、ワクチンの効果が低下する時期を特定したりすることができ、ブースター(追加免疫)の接種の必要性や、より効果的なワクチン開発を決定するのに役立つかもしれない。

リスクの高い環境

介護施設で働く人や、そこに居住している人は、最初期に新型コロナウイルスワクチンが提供され、その恩恵を受けたグループのひとつだ。2020年12月下旬から2021年3月下旬にかけて、これらの施設での感染者数は96%減少した。介護施設は病原体にとっては、蔓延し、被害をもたらすのに理想的な場所である。高齢者の体は一般的に免疫反応が弱いため、ワクチンが十分に効果を発揮しない可能性があり、こうした施設では、インフルエンザに感染しても死に至る可能性がある。しかし、CDCによると、新型コロナウイルスのブレークスルー感染はほとんど見つかっていない。

CDCのサイトに掲載された研究論文によると、シカゴにある78カ所の介護施設で、ワクチンを接種した入居者約8000人、ワクチンを接種した職員約7000人の感染を分析した結果、600例以上の新型コロナウイルス感染が確認された。だが、そのうちワクチン接種が完了した人が感染したのは22例で、入居者が12例、職員が10例だった。そのうち14人は無症状で、5人は軽症者だった。研究チームが、ブレークスルー感染を起こした7人の検体を調べたところ、ウイルス量は少なかった。そして、最初に感染した人たちが感染を広げているわけではないことから、ワクチンを接種した人々がウイルスを拡散させたのではないと考えられる。

クラスターが発生した場合でも、ワクチンは十分な保護効果を発揮する。CDCの2つ目の研究では、職員の半数しかワクチン接種を受けていなかったケンタッキー州のある介護施設で発生した感染事例を調査した。ワクチン接種を受けていない職員から始まったこの感染では、46人が新型コロナウイルスに感染し、ワクチン接種を受けた71人の入居者のうち、18人(25%)が感染し、2人が入院し、1人が死亡した。ワクチン接種を受けた56人の職員は、4人(7%)が感染し、職員のほうがよりよい結果となった。これらの感染者のほとんどは無症状だった。ワクチン接種を受けた入居者と職員のうち、症状が出たのは6.3%だったが、ワクチン接種を受けなかった人々は32%だった。

メリーランド大学医学部で感染症のモデルを作っているミーガン・フィッツパトリック助教授は、介護施設で感染が発生すると、「職員や入居者が、新型コロナウイルスの病原体に何度も継続的に曝されます」と言う。そのため、このような環境での感染件数が少ないことは、心強いことなのだ。

変異株の追跡

新たな研究では、これらのブレークスルー感染の一部は、変異株が原因である可能性が示されている。米国大統領の主席医療顧問を務めるアンソニー・ファウチ博士は、ウイルス変種は「ワイルドカードのひとつ」だと4月12日のブリーフィングで話した。現実世界のデータはほとんどないが、実験室での研究によると、少なくともいくつかの変異株は、新型コロナウイルスの原型よりもワクチンによる抗体の影響を受けにくいことが示されている。

今回のケンタッキー州の介護施設での研究では、これまで同州では確認されていなかったR1と呼ばれる変異株が感染を促進したことを研究者が明らかにしている。このウイルスには、他の変異株でも確認されているいくつかの重要な突然変異が見られた。例えば、E484K変異は、南アフリカで最初に確認されたB.1.351変異株にも見られ、ウイルスが抗体反応を回避するのに役立っているようだ。また、D614G変異は、感染力を高める可能性がある。研究者らは、ワクチンを接種することで、感染や症状の出る可能性は減少したものの、ワクチンを接種した介護施設の居住者の4分の1以上、職員の約7%が変異株に感染したことを指摘している。この事例は、ワクチンがこの亜種に対してあまり効果がないことを示しているが、論文の著者は、研究が小規模であることに注意を喚起している(シカゴの研究の著者らはウイルスの配列を解析していない)。

ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌に掲載されたある研究では、ニューヨークのロックフェラー大学の職員の感染を追跡調査した。1月21日から3月17日までの間に、ファイザーまたはモデルナ(Moderna)のワクチン接種を完了した職員417人を対象に検査をした結果、女性2人が新型コロナウイルス感染症の陽性反応を示した。ウイルスの配列を解析したところ、感染を起こしたウイルスはそれぞれわずかな変異が見られる変異株で、これまでに確認されたものとは完全には一致しなかった。

例えば、ある女性には、英国で発生したB.1.1.7に見られる変異と、ニューヨーク市で発生したB.1.526に共通する変異を持つ変異株が見られた。ロックフェラー大学の医師・生化学者であり、この研究の筆頭著者であるロバート・ダーネルは、「彼女にはこのふたつの中間にあたる変異があったのです」と言う。

ダーネル医師は、ブレークスルー感染が発生した患者はワクチンに対して強い免疫反応を起こせなかったことが想定されると言うが、この女性の場合はそうではなかったようだ。ダーネル医師は、彼女が陽性と判定された直後に血液を採取したところ、新型コロナウイルスを中和する抗体が大量に検出されたのだった。彼女は初めて感染したため、この抗体反応が最近の感染ではなく、ワクチン接種により生まれた可能性がある。抗体ができるまでには時間がかかるのだ。

免疫システムが機能しているにもかかわらず感染した理由は完全には解明されていないが、ひとつの可能性としては、変異株が彼女の身体の免疫反応を回避したということが挙げられる。ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院の疫学者、スティーブン・キスラー博士研究員は、「この患者の場合は、おそらくそれが最適な説明になるでしょう」と言う。「我々が目にしているブレークスルー感染の多くが変異株によるものだということは驚くに値しません」と付け加えた。ワクチン接種を受ける人が増加すればするほど「進化的選択圧がかかるのです」。

一方で、より多くの人がワクチン接種を受ければ、感染者数は減少し、ウイルスが変異する機会も減るだろう。 また、フィッツパトリック助教授は、今回の女性の感染が免疫反応の回避で説明できるとしても、それは単一症例に過ぎず、また、彼女がワクチン接種を受けた他の人に感染させたという証拠もないという。この現象は今後さらなる研究をする必要があるが、「まだ警戒すべきものとは考えていません」と同助教授は言う。「まだ公衆衛生上の危機は発生していません」。

また、ブレークスルー感染の発生は、必ずしもワクチンの失敗を意味するものではないと、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の感染症専門医であるモニカ・ガンジーは言う。抗体は免疫反応の一部に過ぎない。T細胞は、免疫系の他の部分を活性化し、体内に侵入したウイルスを排除することで、大きな役割を果たしている。感染を防ぐことはできなくても、ウイルスの拡散を抑えることはできる。また、いくつかの研究では、体内のT細胞反応から病原体が回避するのがより困難になることが示されている。ガンジー医師は、「実際、軽症で済むかもしれませんし、重症化から身を守ることが期待できます」と言う。

とは言え、予期せぬ変化を探すためにはブレークスルー感染を追跡することが重要だ。ワクチン接種を受けた人の感染が増えているということは、免疫が低下しているか、免疫反応を回避できる新たな変異株が出現している可能性があるということだ。ワクチンの調整が必要になる可能性もあれば、ブースター接種が必要になる可能性もあるが、時間の経過とともに、「私たちの体は、より完全な免疫反応を起こすようになります」とキスラー博士研究員は言う。「たとえ再度感染したとしても、最悪な結果から身体を守れるでしょう。長期的に見れば、見通しは明るいと思います」。