インドのスラム街をグーグルのデジタル住所が変えている
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Slum dwellers in India get unique digital addresses インドのスラム街をグーグルのデジタル住所が変えている

スラム街などに住んでいる人々の多くは、自分の住所を持っていないため、銀行口座を開いたり、政府のサービスを受けたりすることができない。グーグルが開発した「プラス・コード」を使って、こうした人々に住所を持ってもらおうとするプロジェクトが始まっている。 by Shoma Abhyankar2021.05.06

ネハ・ダシュラトは、ピザが届いたのを見て大喜びした。14歳の彼女にとって、宅配アプリを使ってピザを注文するのは生まれて初めてのことだった。「友達がアプリで食べものを注文した話で盛り上がっているときに、気まずくて。でも今度からは私も自慢できます」とダシュラトは言う。

ダシュラトは、マハーラーシュトラ州プネー県にあるスラム街、ラクシュミ・ナガールに約5400人のインド人と共に住んでいる。一人分の幅しかない曲がりくねった路地に沿って、レンガやトタンでできた窮屈な建物が立ち並ぶ地区だ。

2011年の国勢調査によると、インドには10万8000のスラム街があり、6500万人の住民が暮らしている。国連の2014年の推定によると、2050年までに、インド都市部の人口は他のどの国よりも速く増加するとみられているが、スラム街の拡大速度は都市の拡大速度を上回っている。

つい最近まで、ダシュラトは近所の人々と同じ住所を持っていた。スラム街自体の住所を共有していたのだ。大きな菩提樹がポスト代わりで、郵便や配達物はそこに集められていた。個人の住所を持っていないスラム街の住民たちは、銀行口座や郵便口座を開設したり、電気や水道の請求書を受け取ったりするのに苦労していた。パンデミック下で医療関係者らは、感染した住民の特定に苦慮していた。

しかし去年9月、ラクシュミ・ナガールの家々にそれぞれ、一意のデジタル・アドレスが配布された。これはシェルター・アソシエイツ(Shelter Associates)と呼ばれる非営利団体が、グーグル、ユニセフと共同で開始した実験的プロジェクトによるものだ。現在、ダシュラトは自分だけの特別なコードを持っている。このコードを宅配アプリに入力したり、友人と共有したりすれば、自宅の場所を知らせることができる仕組みだ。

個人の住所を持っていないスラム街の住民たちは、銀行口座や郵便口座を開設したり、電気や水道の請求書を受け取ったりするのに苦労していた。

「この取り組みに拍車をかけたのはパンデミックです」。シェルター・アソシエイツの共同設立者の一人であり、1993年からコールハープル州とターネー州の都市スラム街と密接に関わってきた建築家でもあるプラーティマ・ジョーシーは言う。

スラム街の住民たちに配布されたのは、「プラス・コード」と呼ばれるデジタル・アドレスだ。プラス・コードはグーグルによって開発されたもので、オープンソースとして無料で提供されている。プラス・コード自体は、緯度と経度を元にした単純なアルファベットと数字の組み合わせだ。各コードは最初の4文字の後にプラス記号、その後に2〜4文字という構成で、プラス記号の後の文字が対象エリアの面積を表している。

例えば、「GRQH+H4」はプネー県にある有名な寺院の場所を表している。「FRV5+2W56」はラクシュミ・ナガールにある公衆トイレのコードだ。これらのコードはグーグル・マップで確認でき、ネット環境さえあれば世界中のどこででも使うことができる。

住民の一人、ショバーナ・シークはグーグルの住所コードをドアに表示している。

住所があればさまざまなサービスが受けられるようになるにもかかわらず、登録するように住民らを説得するのには時間がかかった。多くの住民はグーグル・マップを知らず、ジョーシーのスタッフをインド政府のスラム再建局の職員だと勘違いして警戒した。そのためシェルター・アソシエイツは地元の学生を雇い、1軒ずつ訪問させ、プログラムについて説明させた。

こうした活動のかいがあって、今やスラム地域にある1000以上の住宅、排水室、公衆トイレ、ヘルプセンター、飲料水用貯水タンクにプラス・コードが割り振られている。プログラムに登録している住宅はすべて青い表札を掲げており、誰でもそこのプラス・コードを確認できる。

「時間を大幅に節約できました」と食料品店を経営するスレシュ・デブラム・ダーマバットは言う。ダーマバットは以前、卸売市場へ出向く日は店を閉めていたが、今は必要な品物の多くをプラス・コードを使った配達で仕入れている。

現在までにシェルター・アソシエイツは、プネー県、ターネー県、コールハープル県の9000世帯に対し、デジタル・アドレスを取得できるよう援助してきた。これらに加え、さらに58のスラム街へと範囲を拡大することを目指している。将来的に、これらの地区の住人たちがインドの生体認証IDプログラムである「アドハー(Aadhaar)」にプラス・コードを登録できるようになることが、ジョーシーの目標だ。

別の地域でも同様のプロジェクトが進行している。非営利団体のアドレッシング・ジ・アンアドレッスド(Addressing the Unaddressed)は、コルカタのスラム街の住人がプラス・コードを使用して銀行や郵便局を利用できるようにした。米国のルーラル・ユタ(Rural Utah)・プロジェクトは、ナバホ・ネイション(先住民族であるナバホ族の準自治領)の住人が投票のための登録ができるようデジタル・アドレスを配布した。インターナショナル・レスキュー・コミティー(International Rescue Committee)は、ソマリアにおけるワクチン接種や家族計画に関するプロジェクトでプラス・コードを使用した。

多くのサービスはまだプラス・コードに対応していない。企業や政府機関がプラス・コードを活用し始めるには、まだ時間がかかるだろう。とはいえ、住所を手に入れただけで人生が少しだけ楽になった人もいるようだ。

筆者のショーマ・アブヤンカールはインド出身のフリーランス・ライター。