「イノベーション(Innovation)」という言葉は、長らく「技術革新」と訳されてきた。一説には、1958年の経済白書で使われたのが始まりだとされる。戦後復興期から高度成長期に差し掛かり、その2年前には科学技術庁が設立されたタイミングである。エレクトロニクス産業の急速な発展や製造現場への自動化の導入など、技術の進歩こそが国の発展を支える重要な鍵だったのだろう。
だが、今日ではこの技術革新という訳語はイノベーションの意味を正確に表していないという指摘が多い。イノベーションはもともと、新しいアイデアや新機軸といった意味を持つ。経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが1912年に定義したのは、「新結合(newcombination)」。新しい製品や生産方法、市場、原料、組織の「新しい組み合わせ」を作り出すことであり、必ずしも画期的なテクノロジーを「発明」することを意味するわけではないのだ。
本書に登場する48人の若き「イノベーター」は、まさにテクノロジーやビジネスモデルの新しい組み合わせを考案し、それを使って社会を変革するために具体的に行動している人たちである。たとえば、ドローンの制御技術と自動車の製造技術を使って、僻地の移動を助けるまったく新しい空の移動手段を生み出す。複数の深層学習の手法を組み合わせることで、センサーに頼らずに状況判断ができるより安全な自動運転車を作り出す。あるいは、既存のインフラとアプリを組み合わせて、消費者の環境意識を変える新しい社会運動の形を推し進める。対象とする課題やアプローチはそれぞれ異なるが、いずれも広い意味でのイノベーターであることに変わりはない。
MITテクノロジーレビューがこうした若手イノベーターたちにスポットを当てるのは、それが今後10年間の未来を考えることになるからだ。問題をどう定義し、どのような解決策を考案し、どう実装していくか。イノベーションの担い手たちの紹介を通して、社会が進むべき方向性を示すことが私たちの目指すところだ。特定の分野や業界ではなく、世界全体にとって重要かつ独創的なイノベーターを紹介するのはこのためである。
本書では、MITテクノロジーレビューが主催するアワード「InnovatorsUnder35」を通じて日本版編集部が選出した日本の13人、米国版編集部が選出した世界の35人のイノベーターを紹介している。また、現在イノベーションが特に期待されている領域である量子コンピューターや個別化医療といったいくつかのトピックの最新動向についても収録している。
長引くパンデミックによって私たちの生活様式が大きく変わる中、それに適応するための新しい動きも次々と生まれている。本書が、イノベーションを担うすべての人にとって、新しい組み合わせを生み出す助けとなることを願っている。
(MITテクノロジーレビュー[日本版]編集部)
MITテクノロジーレビュー[日本版] Vol.3/Spring 2021
Innovation Issue
- 定価: 2,200円(本体2,000円+税)
- 発売日:2021年4月12日(印刷版)/4月19日(電子版)
- 判型:A4判/128ページ
- 形態:ムック(雑誌扱い)
- 発行:株式会社角川アスキー総合研究所
- 発売:株式会社KADOKAWA
- 雑誌コード:6369279/ISBN:9784049110531
Vol.3/Spring 2021の主な収録記事
日本発・未来を創る 若きイノベーター13人
少子高齢化や社会インフラの老朽化など多くの社会課題を抱え、「課題先進国」と言われる日本。 その日本に、多難な時代を生き抜き、明るい未来を創るべく奮闘する13人のイノベーターの姿がある。起業家、研究者、社会活動家など各人の立場や活躍のフィールドは異なるが、いずれ も豊かな創造力と行動力を併せ持ち、近い将来、重要な社会変革の一翼を担うであろう若者た ちだ。MITテクノロジーレビューが最も注目する彼らの、革新的な取り組みに注目してほしい。
世界を動かす 若きイノベーター35人
混沌とした時代にあっても、より良い世界を目指して活動している人たちがいる。パンデミッ クと闘う医療専門家や、社会正義のために闘う一般市民、そのほかのさまざまな問題に対処す るためにテクノロジーを活用しようと努力している人たちの姿は心強いものだ。 ここでは、MITテクノロジーレビューが1999年から毎年選出している、世界の「35歳未満のイ ノベーター」の2020年度の顔ぶれを紹介しよう。欧州、アジア、米国など世界各地からノミネー トされた500人以上の多彩な顔ぶれの中から選ばれたのが、ここで紹介する35人のイノベー ターたちだ。
巨大テック企業に飲み込まれた 「デザイン・フィクション」の批判的精神
SF小説家のブルース・スターリングが提唱する「デザイン・フィクション」の概念は、人々に「もう1つの近未来」を思索させる機会を与えてくれた。しかし今では、この概念に込められた批判的精神は薄れ、企業のイメージ戦略の道具へと成り果ててしまった。
そのほか、Vol.3の目次・詳細はこちらから。