中ノ瀬 翔:火星の街をロボットが造る。宇宙ビジネス界の異端児
活況を呈する宇宙ビジネスの主役は今のところスペースXやブルーオリジンなどの輸送企業だ。だが、「輸送の次」を見据えて宇宙での活動に焦点を当てた汎用型ロボットを開発しているイノベーターが日本にいる。Innovators Under 35 Japanにも選ばれた、ギタイ(GITA)の中ノ瀬 翔だ。 by MIT Technology Review Japan2021.04.16
宇宙ビジネスが今、活発化している。官主導だったかつての宇宙開発競争から、民間企業が最後の未開拓の地を求めて競い合う時代へと移行しているのだ。主役は、イーロン・マスク率いるスペースXや、ジェフ・ベゾスがオーナーのブルーオリジンなど、宇宙への輸送手段を安価に提供しようという企業だ。だが、すでにその先を見据えていち早く動いている男がいる。ギタイ(GITAI Japan)の創業者であり、最高経営責任者(CEO)である中ノ瀬 翔だ。
- この記事はマガジン「Innovation Issue」に収録されています。 マガジンの紹介
中ノ瀬が率いるギタイは、ロボットという安価で安全な作業手段を宇宙に提供することで、宇宙空間におけるさまざまな作業コストを100分の1に下げると謳うスタートアップ企業だ。独自の汎用宇宙ロボットを開発し、国際宇宙ステション(ISS)内での設備の組み立てなどの作業や、人工衛星への燃料補給や修理、スペース・デブリ(宇宙ゴミ)の除去、月面探査・基地開発作業などのロボット化を目指している。
もともとロボットを開発したかったという中ノ瀬が、地上ではなく宇宙向け、それも汎用ロボットの開発に着目した理由はいくつかある。1つは、汎用ロボットの場合、技術的な難しさでいうと、実は地上より宇宙のほうが低いからだという。
「みなさんが想像するよりも家庭用汎用ロボットの開発はずっと難しいのです。日々の生活で予測できないことが起きますし、小さな子どもがいるとかペットを飼っているなど、家庭によって環境が異なります。つまり、条件設定するのに変数が多すぎるわけです。それに比べると宇宙船や宇宙ステーションの場合、たとえば通路の幅や移動距離といった環境が詳細に分かっていますし、そこにいるのは高度に訓練された宇宙飛行士のみ。すべてがルールに沿って実行されるので、予測不可能な事態が起こることは最小限に抑えられています。そのため、規定の枠組みに合わせてロボットを開発できます」
また、舞台を宇宙にした理由にはもう1つ、コストのバランスがあるという。宇宙をビジネスのフィールドとして考えた場合、ロボット開発を依頼するクライアント側にそれに見合うコストメリットがあるかどうかが重要だ。宇宙では人間による作業にかかるコストが地上と比べて文字どおり桁が違う。
「宇宙で人間が仕事をすると非常に高いコストがかかるということは、想像がつくと思います。しかし、それがどれくらいなのかは、あまり知られていません。宇宙での人件費は、それがどんな作業内容であっても時給換算で500万円程度になると言われています。これは単に人件費が高いのではなく、コストの大半は輸送費が占めています。人間を安全に宇宙に送り出し、また問題なく地球に戻すことに莫大な費用がかかるわけです」
さらに人間は、宇宙では1日に6時間半程度しか作業することができない。これは主に健康上の理由で決められており、規定の睡眠時間を確保するほか、無重力環境では筋肉や骨が衰えるためトレーニングに時間を割く必要があるからだ。そうなると、人間が作業する内容がコストに見合うかどうかが重要になる。
「宇宙飛行士は、宇宙で多くの雑用をこなしています。たとえば、実験用マウスの糞の処理も彼らが担当しています(笑)。もちろん必要な仕事ですが、時間単価の高い飛行士にまかせるのはもったいないですよね。そのほか、一般的な掃除や片付けも彼らがやります。ISSでは、生活環境を維持するための雑用だけでもかなりの時間を取られるわけですが、そのためのコストも他の実験などと同様に高価なのです」
作業時間が限られている人間にすべての作業をさせるのではなく、分担できる部分はロボットが代わりに作業する。そのための重要なキーワードが「汎用」というわけだ。最新技術が投入されている宇宙開発だが、実はまだロボット化がほとんど進んでいない。現在運用されている数少ないロボットの大半は専用型で、ある特定の作業のみ …
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