超小型衛星と呼ばれる、重量100キログラム以下の人工衛星が宇宙開発を加速させている。「キューブサット」という10センチメートル立方のユニットを基本とする衛星が、大学や宇宙新興国による宇宙開発への参加、民間企業の宇宙技術実証を後押ししているのだ。一方でこうした超小型衛星は能動的に軌道を維持したり、ミッションを終えた後に減速して軌道から離脱し、大気圏に再突入したりといったことが難しい。特にミッション終了後の速やかな退去は、増大するスペース・デブリ(宇宙ゴミ)の課題に対応するため急務となっている。これまで、打ち上げ時の安全を高めるために超小型衛星では一般的でなかった推進機(スラスター)の搭載が求められるようになってきた。
とはいえ、超小型衛星の推進機開発はたやすくはない。衛星運用事業者は通信や観測といったミッションに集中したいため、推進機開発に割くリソースは多くはない。
この問題に真っ向から取り組んでいるのが、浅川 純が最高経営責任者(CEO)を務める、東京大学発のスタートアップ「ペールブルー(PaleBlue)」だ。同社では、従来の高圧や有毒な推進剤から脱却し、取り扱いやすく安全な「水」を推進剤とする推進機を開発している。
「人工衛星の推進剤に水を使う研究は1970年代からNASAもやっていました。ただ、当時は超小型衛星がまだなく、大型衛星用や打ち上げロケット用に大きな推進力を生み出すためのものでした。水は扱いやすさという点では優れた素材ですが、推進機としての性能が低く大型衛星や打ち上げロケットには向かず、研究は下火になりました。2000年代、超小型衛星の登場で水推進剤は再び注目されるようになりました。私たちを含め世界で数社が水の推進機開発を進めています。
地球を周回する衛星の場合、軌道を維持するための微小な推進力が求められています。また最近では、スペース・デブリ対策のための衛星の衝突を回避する緊急的マヌーバ(推進機を使って軌道を変えること)や、ミッション終了後に軌道から離脱するといったニーズが高まってきています」
最近注目される動きには、スペース・デブリ対策を管理する米連邦通信委員会(FCC)の規則変更がある。小型衛星が推進機など軌道離脱のための装置を搭載すると、衛星の運用許可が降りるまでの時間が短縮され審査費用が低減されることとなったのだ。
「これはかなり大きな意義があると思っています。近年では既存産業から宇宙産業へ乗り出してくる動きがある中で、環境保全の意識が高まり、法に沿ったスペース・デブリ抑制は重視されていますから、衛星向けの推進機を求める声は強くなってきています」
実用面が強調される超小型衛星向けの推進機だが、宇宙探査でも活躍している。2014年、日本初の深宇宙探査超小型衛星「PROCYON(プロキオン)」が小惑星探査機「はやぶさ2」と共に打ち上げられた。浅川は東京大学が開発したこの衛星のプロジェクトに参加し、プロキオンに搭載されたイオン推進機の開発に関わっている。深宇宙でも超小型衛星は活躍する、という思いが浅川にはある。
「プロキオンの開発は手応えもあり、圧倒的な熱量を感じたすばらしいプロジェクトでした。その経験から、宇宙探査へと自分の関心がつながっています。高圧容器の取り扱いが不要な衛星推進機向けの推進剤には、他にもテフロンやヨウ素などがあります。その中であえて水に着目した理由は、将来の宇宙探査です。現在は地球の水を使っていますが、将来は月など他の天体でガソリンスタンドのように水を補給し、より遠くへ行って探査するためのエネルギー源にできます」
身近で安全な物質、水が抱える開発の難しさ
2019年11月、浅川らが開発し …