新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを本当に終わらせるためには、世界各地にワクチンを届けることが不可欠だ。第一の問題は、ワクチンの供給量を増加させ、世界の全人口ぶんのワクチンを確保することだが、十分なワクチンが準備できたとしても、その次には保管と配布というハードルが待ち受けている。一部の新型コロナウイルス・ワクチンは、ワクチンが傷んでしまう前に必要な人々に必ず接種できるように、飛行機、船、トラック、さらには液体窒素で冷却した箱などの「コールドチェーン(低温物流体系)」と呼ばれる、非常によく冷やされた一連の環境を経由してあちこちに配られる。現在、ファイザー製ワクチンを長期保存するには-80℃に保つ必要がある。モデルナ(Moderna)製ワクチンの場合は-20℃だ。参考までに、家庭用冷蔵庫の保冷温度は約2℃から4℃である。
「これらの要件は厳しいものです」。そう語るのは、シアトルに本社を置き、世界中の恵まれない地域の人々のために免疫療法を開発しているバイオテクノロジー企業、HDTバイオ(HDT Bio)の最高科学責任者(CSO)を務めるデリック・カーター博士だ。
ワクチンのなかには、ジョンソン・エンド・ジョンソン製や、アストラゼネカ(AstraZeneca)製のワクチンのように、すでに一般的な冷蔵庫の温度に対応しているものもある。だが、より効果が高いことが証明され、新しい変異株に対応させるための変更がはるかに容易なファイザー製やモデルナ製のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンは、超低温の保存環境から出されると、わずか数時間しか効果を保てない。
超低温の冷凍庫や電気が使えない場所では、このような温度条件が問題となる。だが、米国のような豊かな国でもワクチンを超低温に保つのは大変なことだ。
これらの問題を回避するために、科学者やエンジニアは、2つの方法を探っている。コールドチェーンの一部を変更するか、ワクチン自体を変更するかである。
損傷しやすいワクチンを低温で保護する仕組み
mRNAは、細胞にどのようなタンパク質を作るべきなのかを指示する核酸配列である。適切に調整しさえすれば、新型コロナウイルス感染症などの病気と戦う方法を人体に伝えることができる。核酸は、ファイザー製やモデルナ製などのワクチンに不可欠な成分だが、mRNAは壊れやすく、何らかの保護膜なしにはワクチン中のmRNAがすぐに劣化してしまう。このダメージを防ぐため、ワクチンメーカー各社は、安全に保護する殻の中にmRNAを入れている。
現在、この殻は、基本的には非常に小さな脂肪の液滴である脂質ナノ粒子でできたものだ。mRNAワクチン技術の先駆者であるドリュー・ワイズマン医師は、10年以上かけて約40種類の処方を試し、脂質ナノ粒子が最も効果的だということを発見した。しかも脂質ナノ粒子は、mRNAの劣化を防ぐだけでなく、免疫系の反応を高める効果があることもわかった。
ワイズマン医師らがmRNAワクチンの実験を始めた約6年前には、脂質ナノ粒子には超低温での保存が必要であることがわかっていたという。脂肪を凍らせるには、水よりも多くのエネルギーが必要になるからだ。「保存方法に関するアイデアは、mRNAが劣化したり、凝集したり、融合したりしないように凍らせることでした」とワイズマン医師は言う。「-80℃で保存されるようになったのはそのためです」。
製薬会社は、保存温度を少しでも上げられるように、さまざまな保存温度を試している。モデルナは、自社のワクチンを-20℃で長期保存した場合にどうなるかを試験し、ワクチンの使用期限まで安定していることを確認した。ファイザーとバイオンテック(BioNTech)は、最近になるまで-20℃での保存を検討していなかったが、2月下旬に米国食品医薬品局(F …
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