このグラフは人類の「希望」になる——ワクチンの治験結果に反響
世界中が新型コロナウイルス感染症のパンデミックで苦しんでいる中で、ファイザーが公開した新型コロナワクチンの治験データは記憶に残るよいニュースとなるだろう。 by Antonio Regalado2020.12.16
広くシェアされている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のチャートは、ワクチンの効能とパンデミック地獄から抜け出す道のりを劇的に表している。
12月10日、米国食品医薬品局(FDA)の諮問委員たちはファイザーの新型コロナワクチンの緊急使用許可(EUA)に賛成票を投じた。このチャートのデータはその大きな理由のひとつとなっている。
ファイザーとその提携企業であるバイオンテック(BioNTech)が公開した下のグラフは、新たになRNAワクチンを接種した治験参加者とプラセボを接種した治験参加者との間で、新型コロナウイルスの感染率に差があることを示している。
プラセボを接種したボランティア群は青線で、新型コロナワクチンを接種したボランティア群は赤線で表示されている。線が跳ね上がった箇所は新型コロナウイルス感染症の症例が新たに発生したことを示す。
このデータによると、ワクチン接種を受けた最初の1週間は両グループともほぼ同じ割合で感染していた。しかしその後、感染率に差が現れはじめ、時間が経つごとに差は開いていった。
この結果はワクチンの効果が出たことを示している。ワクチンは数日で効果を発揮し始め、2回めの接種でその効果が増す。2週間後には、ワクチンを接種した人の間で新規感染はほぼゼロになった。しかしプラセボを接種したグループについては、時計じかけのような規則性で新規感染が発生し続けた。
著名な免疫学者であるマウント・サイナイ・アイカーン医科大学のフロリアン・クラマー教授は「コメントはありません。これがワクチンの効果です」とコメントを添えて、画像の1つをツイッターに投稿した。
根拠なく勝ち誇っているのではない。研究者らが1年をかけて取り組んできた結果なのだ。このグラフのデータには噂や政治的配慮、放言は一切ない。一言で言うなら、このワクチンはこれまでに我々が目にした最良のものだ。
ファイザーは、「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(New England Journal of Medicine )」誌に12月10日に掲載された論文中でこのチャートを公開した。それ以前に、同週に入ってから、ワクチン販売を開始するための米国食品医薬品局への緊急使用許可の申請の一環としても発表していた。米国食品医薬品局の諮問委員たちが賛成票を投じた今、いつ許可が出ても不思議はない状況だ(日本版注:米食品医薬品局は12月11日に同ワクチンの緊急使用を許可した)。
ファイザーの示した証拠の確かさは、ワクチンが診療所や病院に届くころには、かつてないほど重みを増していくだろう。反ワクチン勢力はソーシャルメディアでワクチンへの恐怖を煽り立てており、一般の人々でさえ接種すべきかどうか迷っている。
ワクチンによって感染症はあっという間に災いから悪い思い出へと変わってしまうことを、研究者は昔から知っていた。その発明以来、特に20世紀の間に、ワクチンはいくつもの感染症を過去のものへと変えていった。
「アワー・ワールド・イン・データ(Our World in Data)」に掲載されている下記のチャートは、ポリオとはしかのワクチン接種が始まってから起こったことを表している。ポリオは子どもたちを人工心肺なしでは生きられない体にしてしまう。ポリオを恐れた親たちは子どもをプールに近づけまいとした。しかし、その恐怖は数年のうちに消え去ってしまった。
とはいえ、まだ不明な点はある。ワクチンが新型コロナウイルス感染症をどれほどの期間にわたって防いでくれるのか分かっていない。一度発症した人には数年に渡って免疫が続くかもしれないという明るい兆候が最近見られたが、確かなことはまだ言えない。その上、ワクチンの供給は限られているため、少なくとも米国では、2021年の半ば頃まで国民の大部分がワクチンを接種できないままとなる。世界保健機関(WHO)によれば、世界人口の大部分にワクチンが接種されるのは2022年を待たなければならないかもしれない。
パンデミックが始まって以来、新型コロナウイルス感染症の症例数と死者数のグラフは、パンデミックが進行中であることを毎日のように私たちに突き付けてきた。最近では状況はさらに悪化している。ニュースではたびたび「厳しい節目」という言葉が出てくる。今週は1日3000人を超える米国人が新型コロナウイルス感染症によって命を落とした。
ファイザーのチャートは死者数グラフの解毒剤だ。私たちがパンデミックのジェットコースターから、いかにして降りられるかを示している。ファイザー(あるいは他の企業の)新型コロナワクチンの接種を受ける人々が増えれば増えるほど、安全で保護された赤い曲線の上で生活できる人々が増えていくだろう。いつ新型コロナウイルスに感染するか分からない青い曲線の上で暮らさなくてもよくなる。
これは今年を象徴するグラフになるだろう。日常に戻るとはこういうことだ。
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- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。