いわゆる「人工肉」は、植物性タンパク質を加工した「代替肉」と細胞培養技術を用いた「培養肉」に大別される。牛や鶏など家畜から採取した細胞を培養する技術の研究開発自体は1960年代から綿々と続けられていたが、実用化に向けたブレークスルーが起きたのは2013年。オランダ・マーストリヒト大学のマーク・ポスト教授による「培養肉」ハンバーガーのデモンストレーションが注目を浴びた
培養コストは1万分の1以下に
だが、ハンバーガーを1つ作るのにかかったコストは約3000万円と非常に高価であり、現在は動物性原料の除去などにより1キログラム当たり約60万円程度にまで低下したものの、一般的な市場に受け入れられるレベルにはほど遠い状況と言える。
この培養肉における最大の課題となっていたコストの壁を突破し、2025年までに当初の1万分の1のコストである1キログラム当たり約3000円以下に引き下げる技術を開発したのが、羽生雄毅が代表取締役を務める細胞農業スタートアップのインテグリカルチャーだ。同社では人口増に伴う牛肉や魚肉などの需要増加によって将来的に食肉生産は持続不可能になると見ており、開発中の細胞培養事業が環境負荷の少ない食肉の大量生産を可能にし、SDGsの達成にも貢献し得ると考えている。
「当社が開発しているのはカルネット・システム(CulNet System)と呼ばれる汎用大規模細胞培養技術で、2021年にはまず機能性物質を化粧品として、来年末には技術のデモンストレーションとしてペースト食品の『培養フォアグラ』を上市していく予定です。2025年までには追加の技術要素を確立することでサラミのような加工肉やステーキのような培養肉の市場投入を目指しています。最終的にはこのカルネット・システムをさまざまなパートナー企業に提供する事業を展開していきたいと考えています」
“内臓”の機能を全自動化する
このカルネット・システムが従来手法と比べて大幅な低コスト化を実現できた理由を知るためには、一般的な細胞培養のプロセスを簡単に踏まえておく必要があるだろう。動物の体内にある細胞を分離して培養するには、糖分とアミノ酸、微量のビタミン類などを含んだ基礎培地と増殖に適した温度や環境が必要だ。これに成長を促成する因子として血清成分など、いわゆる「ホルモン」様物質を添加するのが一般的だ。
ところが、培養肉の場合はこの原材料コストのほとんど(一説には99%以上)が培養液に添加する成長因子の価格で占められているという。同社資料によると、たとえば従来手法で肝臓細胞を100グラム分培養するコストは基礎培地が10円以下であるのに対して、成長因子のコストは800万円以上にものぼる。さらに、この成長因子の添加時には主にウシ胎児血清(FBS)を使用するため、コスト面のみならず安全性や倫理的な観点からの十分な検討も要する。
「そもそも食品としての販売を念頭に置いた場合、法令対応がとても重要となります。原則として食品として販売可能なのは食品で作ったものだけです。ここに成長因子としてホルモンや、食品添加物としても認可されていない研究用の試薬のようなものを外部から入れてしまうと、食品として扱えない可能性が高いです。それに、消費者目線からしてもおそらく受け入れられないでしょう」
日本国外では、この高価なFBSなど成長因子の使用量を減らす、あるいはその代わりになる物質の探索が進められているが、カルネット・システムでは成長因子自体を外部から添加せずに細胞を培養する仕組みを構築した点が画期的だ。技術的に最も重要なポイントは、本来は体内にある膵臓や肝臓で生成される血清の成分を人工的に作り出すことに成功したことだ。つまり、培養システム内で動物性細胞が成長する仕組みを再現したことになる。この「全自動バイオリアクター(生物反応槽)」の開発によって圧倒的な低コスト化が可能となり、リアクター装置の大型化による大量生産に道筋をつけらことにもつながった。かなり特殊な技術のようなイメージもあるが、バイオリアクターの原理自体は麹菌を用いて米から日本酒を作る「醸造」の過程と共通点が多く、法整備がすでになされているという点も実用化に際しては大きなメリットと言えるだろう。
「カルネット・システムの最大の利点は、成長因子を添加しないアプローチの採用によって原材料の大幅な低コスト化を実現したこと …