金星に生命体が存在か?大気からホスフィンを検出
観測されたホスフィンの存在は、居住可能性が低いとされてきた金星に、何らかの生命体が存在する可能性を示している。 by Neel V. Patel2020.09.18
人間が金星に降り立ったとしたら、1秒も持たない。地表の気圧は地球の最大100倍、気温は約464°C、大気の96%以上が二酸化炭素だからだ。
そんな金星における生命体の存在が突然、ありえない話ではなくなった。金星の雲に微量の気体「ホスフィン(phosphine)」が含まれていることを発見したとする新たな研究論文が9月14日、ネイチャー・アストロノミー(Nature Astronomy)誌に掲載された。この新発見は、金星(生命が存在するには過酷な条件が揃う惑星)にかつて生命体が存在した、または現在も存在している証拠というにはほど遠いものだが、それでも生物学的あるいはその他の何らかの未知の活動が金星で起きていることを示すものだ。
新発見は、現在または過去に金星に生命体が存在したとしたら、それが大気中である可能性を示している。カリフォルニア大学リバーサイド校の天文学者であるスティーブン・ケイン准教授(同研究に関与していない)は、「金星の大気中に存在する生物相が、過去の金星の生物圏の最後の生き残りである可能性があります」と述べる。「生命体が環境において利用可能なあらゆる生態的地位に適応できることを教えてくれる、すばらしい研究結果です」。
金星の空中に浮遊する生命体というアイデアは変わってると思うかもしれないが、それほど奇妙なことではないかもしれない。ホスフィン発見の研究論文の発表を控えた8月、マサチューセッツ工科大学(MIT)の天文学者であるサラ・シーガー教授を含む研究論文共同執筆者の一部は、ホスフィン発見からアイデアを得た金星でのライフサイクルの可能性に関する論文を発表した。金星の雲にはより温和で生命体が存在しやすい条件が存在している事実を重視し、雲の中で生命体を維持できるとしている。シーガー教授は、金星での生命体は高高度の水滴の中に存在できると考えている。水滴が蒸発すると大気中に乾燥した胞子が残り、浮遊する。乾燥した胞子は落下し、高度の低い位置の雲の層で大きく成長する水滴と共に再び上昇し、水分を吸収してライフサイクルを継続する。金星は地球とは異なり常に雲に覆われているので、このライフサイクルを維持する、より安定した環境を提供できる。シーガー教授によると、金星の環境について考える時の「穴を塞ぐ」ことがこの論文の目的だった。
金星の雲の中にホスフィンを発見したのは、カーディフ大学の惑星科学者であるジェーン・グリーブス教授が率いる研究チームだ。金星の調査にはハワイのジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(JCMT)とチリのアルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)を利用した。どちらの望遠鏡も遠赤外線からマイクロ波までのサブミリ波の波長で観測するため、科学者は大気の化学組成をより厳密に調べることができる。
研究チームは、約200億分の1の濃度の微量のホスフィンを発見した。データから、ホスフィンが存在するのは赤道近くの高度約55キロメートルの範囲で、温度は比較的低く(約30°C)、気圧は地球の気圧に近い。グリーブス教授は、「気体が極に到達する前に沈む、金星の全球循環パターンの一部であることを示唆しています」と説明する。
ホスフィンは水素化リンとも呼ばれ、リン原子1つと水素原子3つで構成される。地球上では主に酸素不足の生態系の生命体によって自然に生成される、と説明するのは、ホスフィン発見の研究論文の共著者でMITの分子天体物理学者であるクララ・スーザ=シルヴァだ。スーザ=シルヴァは「地球上の生命体がなぜホスフィンを生成するのかはわかっていませんが、生成することはわかっています」と述べる。嫌気性細菌は、下水、沼地、湿地帯、田んぼなどの場所、およびほとんどの動物の腸内でホスフィンを生成する。実は、酸素呼吸の生命体にとっては非常に危険な分子だ。
生命体が存在しない場合、ホスフィンを作るためには、木星の高層大気のように非常に高い温度と大量のエネルギーが必要になる。地球上では、人間の産業活動の産物でもある。
研究者らはこれまでに、雷、火山活動、または隕石など、金星でのホスフィン生成の起源として既知の自然経路の可能性を否定している。
では、ホスフィンはどこから来たのか。生命体からか来たのか。グリーブズ研究チームにはまだ手がかりがまったくない。グリーブス教授は、「どの理論にも大きな問題があります」と述べる。地球では観察されない何らかの「珍しい化学反応」か、または金星の地表の強酸性環境で生き残ることができ、利用可能なリンを加熱できる何らかの生命力の強い有機体かもしれない。ただし、この理論だと、どこからリンを獲得したのかという新たな疑問が生じる。
研究チームは依然として、ホスフィンが実際に金星の雲で観測された「温和な」高度で発生するのか、それとも地表近くで生成されたものが上昇するのかは解明できていない。また、研究分析では、地球上でのホスフィンの観察に基づいたホスフィンの性質モデルを使用している。ホスフィンのふるまいは別の惑星では根本的に異なる可能性がある。シーガー教授は、「私たちは金星で生命体を発見したとは主張していません」と強調する。
これは金星への関心を高める研究結果だ。それだけでなく、科学者が異なる世界で起こり得る生物学的活動を理解する機会も提供する。ケイン准教授は、「金星が生命体の存在と、大きく関わりがあることがわかりました」と述べる。金星は現在、非常に過酷で居住に適さないが、ケイン准教授は、「地球と金星は初期の状況が非常に似ていた可能性が高く、最近の研究によると、金星には10億年前まで水の海があり、生命の存在が可能だったかもしれないことが分かっています」と述べる。
最終的には、研究チームは金星の大気中でのホスフィンの分布についてさらに詳しく調べ、ホスフィンの発生源をより正確に特定したいと考えている。さらなる地上からの観測も役立つだろうが、観測できる範囲には限界がある。シーガー教授は、「私たちの研究が今後、金星の大気を直接測定することを目的とした金星探査ミッションを促すことを願っています」と述べる。
残念ながら、将来予定されている新たな金星ミッションはない。しかし、米国航空宇宙局(NASA)は現在、2つのミッションの提案を議論している。そこで提案されている探査機(オービター)は探査に役立つ可能性がある。ホスフィンの発見は、これらのミッションのどちらかあるいは両方の推進を後押しするかもしれない。
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- ニール・V・パテル [Neel V. Patel]米国版 宇宙担当記者
- MITテクノロジーレビューの宇宙担当記者。地球外で起こっているすべてのことを扱うニュースレター「ジ・エアロック(The Airlock)」の執筆も担当している。MITテクノロジーレビュー入社前は、フリーランスの科学技術ジャーナリストとして、ポピュラー・サイエンス(Popular Science)、デイリー・ビースト(The Daily Beast)、スレート(Slate)、ワイアード(Wired)、ヴァージ(the Verge)などに寄稿。独立前は、インバース(Inverse)の准編集者として、宇宙報道の強化をリードした。