ブラジルの「フェイクニュース」対策法案が危ない理由
ブラジル国民議会は現在、フェイクニュースを取り締まるための新たな法案について審議している。しかし、この新法案はフェイクニュース対策としては不十分であり、むしろ市民の自由や表現の自由を制限することを目的としているように思える。 by Raphael Tsavkko Garcia2020.09.15
ブラジルはデマや誤情報の危機に直面している。これを解決するためにすべきことは、教育に投資し、フェイクニュースのネットワークの資金提供者に責任を取らせることだ。しかし、それどころかブラジルの連邦議会では、1億3700万人のインターネット・ユーザーのプライバシーや表現の自由を侵害するような法案が審議されている。
ジャイール・ボルソナーロ大統領の極右政権の閣僚および支持者数人が、選挙中にフェイクニュースを広めたとして捜査されている。各人は政治的ライバルやジャーナリストに関するフェイクニュースを拡散するための強力なネットワークを維持していたとされている。そうしたデマの中には、支持者によるジャーナリスト暴行事件や、支持者が連邦議会侵入を図った6月の事件を引き起こすきっかけとなったものもある。
だが、「フェイクニュース」対策法案(正式には「インターネット上の自由、責任、透明性に関するブラジル法」)は、私の意見では、この問題と闘うための手段としては最悪のものだ。この法案が通れば、世界で最も規制の厳しいインターネット法の1つとなる恐れがある。
ブラジルはデジタル権利という概念において先駆的な国だ。2014年に、インターネットにおける公民権フレームワーク「マルコ・シビル(Marco Civil da Internet)」を承認し、オンラインにおける表現の自由を幅広く保障した。だが、この新たな「フェイクニュース」対策法案では、同フレームワークの抜け穴として、何百万人ものブラジル人の自由を制限するような法律を作れるようになるのだ。法案は最近上院を通過し、日程は未定だが、連邦議会下院での審議を待っているところだ。
なぜこの法案ではフェイクニュースを無くせないのだろうか? まず、フェイクニュースと見なされるものについての定義が曖昧だということが挙げられる。法案には、「フェイクニュース」の解釈として、共有されている虚偽あるいは誤解を招くようなコンテンツで、個人または集団に危害を及ぼす可能性があるものと書かれている。この曖昧さにより、どのようなコンテンツが虚偽あるいは潜在的に有害と見なされるかの決定は国家に委ねられることになる。つまり、政治権力を握る者がこの定義を捻じ曲げ、政治的利益のために利用することが可能になるのである。
法案はまた、フェイクニュースに関わる最大の問題を無視している。それは、コンテンツ自体が問題なのではなく、それを広める人々のネットワークが問題なのだということである。法案には、いくつかの措置により偽アカウントの使用を制限しよういう試みは見られるものの、まさに問題の中心となっている本物のアカウントについては触れられていない。正真正銘本物のアカウントが中心となって偽のコンテンツが正当化され、そうした偽のコンテンツがソーシャルネットワーク経由で拡散されているという視点が抜けているのだ。
例えば法案では、目的と出所が明確に述べられていない限り、匿名の自動アカウント(ボット)の作成が違法となる。これはソーシャルメディアで自由に発言するために仮名を使用している人にとっては問題になるかもしれない。さらに、ユーザーがボットや匿名アカウントの作成を疑われた場合、テック企業は令状なしにユーザーに身分証明書の提示を要求できる。さまざまな理由を使ってアカウントが疑わしいと報告される可能性があり、そのなかには、政争の具に利用されるようなものも出てくるかもしれない。
また、この法案には一見したところでは安全対策だが、政府がユーザーを監視できる「トロイの木馬」と思われるような措置も含まれている。例えばソーシャルメディアのプラットフォームは、少なくとも5人のユーザーから15日以内に1000人を超えるユーザーに転送されたメッセージの記録を保持する必要があると規定されている。ここでの問題点は、そのユーザーが偽・誤情報の拡散を意図しなかった場合であっても、該当されるメッセージを転送したすべてのユーザーのデータが保存されることだ。
もう1つの問題は、この法案によってブラジルは、テクノロジーを「凍結」した独自ルールを持つ「孤島」となってしまう恐れがあることだ。例えばワッツアップ(WhatsApp)のモバイルアプリ版に基づいた基準を作り、他の開発者にワッツアップ・モデルを強要してメッセージの転送方法やグループに参加できる参加者の数を制限させようとしている。
だが、この法案における最大の問題点は、マルコ・シビルがもたらした最大級の進歩が逆転してしまうということだ。マルコ・シビルに基づけば、プラットフォームはユーザーが投稿したコンテンツに対して責任を負わず、裁判所がどのような犯罪または違法行為があるかを明示しない限り、該当するコンテンツを削除する必要はない。これとは対照的に、新たな法案では、ソーシャルプラットフォームは、そこで公開されたすべてのコンテンツに対する責任を負うことになる。これにより、プラットフォームは政府が好まないようなコンテンツを強引なまでに削除し、不適切な投稿がないかどうか、ユーザーを監視するようになるかもしれない。
かくいう私も、ユーチューブ、フェイスブック(およびワッツアップ)、ツイッターといった企業は、各々のプラットフォームで公開されたコンテンツに対する責任を認識するべきであり、デマに対してより明確なルールを適用する必要があるとは思っている。しかしながら、ブラジルの今回の法案ではデマの拡散は止められないだろう。それどころか、法案によってテック企業は、政情不安時にはブラジル市民の言論の自由を制限する強いインセンティブを持つようになってしまうかもしれない。
すでにさまざまな組織や団体によって新法案の適用範囲を縮小する試みがなわれており、懸念の対象となる条項がいくつか削除されている。だが、この記事で取り上げた問題点は依然として改善されておらず、改正法案にも依然として深刻な問題が残っている。
より適切なアプローチは、現存する法律を使用して、フェイクニュースのネットワークに資金を提供している者に捜査の手を入れ、責任を取らせることだ。また、ソーシャル・ネットワーキングのプラットフォームも、測定やアルゴリズムの設計を変更して、極端論者や過激派によるコンテンツの拡散に報酬が払われないようにするとともに、明らかに偽であると分かる情報にはフラグを立てるといった対策を取る必要がある。
偽アカウントやボットがどれだけあったとしても、フェイクニュースは実在の人々によって拡散される傾向がある。ドナルド・トランプ大統領がフェイスブックで子どもは新型コロナウイルス感染症に「ほぼ免疫あり」という誤った考えを主張 したり、ボルソナーロ大統領が抗マラリア薬の「ヒドロキシクロロキン」の科学的に証明されていない効果をしつこく売り込んだり、といった例を見るとよい。だからこそ、情報に通じた社会にはインターネット・リテラシーが不可欠なのだ。ブラジルの解決策には、デマの見分け方をユーザーに教えること、コンテンツの検証に役立つツールをユーザーに提供すること、デマの報告手段を提供することといった全てが含まれる必要がある。
マルコ・シビルは、インターネットを検閲しようとするブラジル政府の試みに対する社会の回答として生まれたものだ。多くの点で、今回の新法案はフェイクニュース対策というより、むしろユーザーを取り締まろうとしているように見える。市民の自由や表現の自由が制限されるようであれば、解決策としては受け入れられない。この問題に急いで、または法の力だけで闘うのは不可能なのだから。
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筆者のラファエル・ツァブコ・ガルシアはブラジル人ジャーナリスト。スペインのデウスト大学で人権の博士号を取得している。
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