今年の初め、新型コロナウイルスのパンデミックや都市のロックダウンが始まる前のことだ。音響技術者のステファン・ピジョンに、風変わりな依頼が届いた。オフィスの環境音を再現する気はありませんか? というものだ。
「『いいえ、そんな気はありませんよ!』と答えました」と話すピジョンは、「マイノイズ・ドッドネット(myNoise.net)」のクリエイターの1人だ。マイノイズ・ドットネットは、作業に集中するためのバックグラウンド・ノイズを探す人々の間でカルト的な人気を誇る音源サイトである。 「『妙だな。オフィスの音なんかを聞きたい人はいないだろうに』と当時は思いました」(ピジョン)。
しかし、ピジョンのもとにはその後も同様の要望がいくつも寄せられた。そのこともあって、パンデミックが襲ってくると彼はついに要望に応じて仕事にとりかかった。3月にリリースされた「カーム・オフィス(Calm Office)」はこれまでに25万回以上再生され、マイノイズ・ドットネットで特に人気のあるサウンドの1つとなっている。ユーザーはアニメーション付きのスライダー一式を使って、特定の音響効果の強さや音色を調整できる。 カーム・オフィスに含まれている、キーボードがカチャカチャいう音やファクス機がうなる音、遠くからかすかに聞こえる会話がこれほどの人気を得たことに、ピジョンは未だに当惑している。
安心感
集中力を保ために音を使う人たちはこれまで、激しい雨音、 仏教寺院の鐘の音、鳥のさえずりといった自然の音あるいは心を落ち着かせる音に向かうのが常だった。しかし近年は「ローファイ・チル」をはじめとする「フォーカス・ミュージック」が大人気で、このジャンル専門のユーチューブ・チャンネルがいくつも作られているほどだ。
これらのチャンネルは従来、 仮眠を取りたい、あるいはルームメイトに邪魔されずに勉強に集中したい学生向けに作られたものだ。しかし、パンデミックに伴う隔離生活が始まると、オープンプランのオフィ …