AIテクノロジーの進化によって、人々の生活や産業を支える社会インフラの分野にもAIの活用が広まっている。
AIのビジネス利用といえば、デジタル化された画像の解析や自然言語処理などパターン認識技術を指すことが多い。だが、現実の世界に即したさまざまな課題に対しては、より複雑な制約条件下における「未来予測・最適化問題を解くことが重要」と語るのはグリッドの曽我部完 代表取締役だ。
「私たちは深層学習のフレームワークを開発するところから事業を開始し、パターン認識を用いた予測や分析についても多く取り組んできました。最近ではそれを発展させ、深層学習と強化学習を組み合わせた“深層強化学習”などを用いて最適化問題に取り組んでいます。アルゴリズムの研究開発レベルから取り組んでいる企業は、日本国内では珍しいと自負しています」
出光興産と同社が共同で進める「深層強化学習を活用した配船計画最適化」プロジェクトもそうした取り組みの1つ。
日本では現在、輸入した原油をいったん製油所に備蓄・貯蔵し、目的ごとに精製された石油製品を分類して各地の油槽所に内航船(国内用タンカー)で輸送する。出光興産とのプロジェクトでは、船舶の動きや在庫量、各港湾の桟橋の状況、天候・波高といった情報を基に実現可能な配船計画を立案している。
この配船計画の作成には、経験豊かな専門スタッフが手作業で膨大なパラメーターを入力する作業が必要となり、多くの時間がかかるだけでなく天候や在庫の変動などによる計画の見直しが頻繁に行われていたという。
こうした多様な条件下においても制約を守りつつ目標値に近づけるために、グリッドは、試行錯誤を繰り返す学習アルゴリズムを開発。配船計画シミュレーターを仮想空間上に再現して、AIが導いた計画のシミュレーション実行結果をAI側に戻し、どのような状況下でも最適な計画を出せるように学習を繰り返せるようにした。
「人間が持つ知識をデジタル世界に落とし込んでいく、すなわちデジタルツイン化し、深層強化学習と複数の最適化手法を組み合わせることで独自のAI配船計画を構築することに成功しました」
当初は経験則にそぐわない計画をAIが出力することもあったが、その原因を追求していくと、これまで表面化していなかった新たな制約条件が明らかになることもあったという。結果として、従来の配船計画と比べて20%の輸送効率の向上がもたらされただけでなく、配船計画の作成時間を60分の1にまで短縮できた。
複雑な環境をデジタルツイン化し
あらゆるインフラを最適化
配船計画はあくまで一例であり、グリッドは深層強化学習を用いた最適化技術のほかの多くのインフラ業務への適用を進めている。
たとえば、サプライチェーン分野では、原材料メーカーから小売拠点まで、チェーン全体をシミュレーション環境で再現。輸送だけでなく、需要予測に基づく調達や在庫管理、生産計画の最適化が可能で、コスト削減に加えてチェーンの寸断を防ぐリスク管理の面でもメリットがある。また、エネルギー分野では、火力発電所の運転最適化が挙げられる。季節や天候といった要因による電力需要や再生可能エネルギーの供給量の変動に応じて、発電設備の起動・出力・停止の計画を最適化。発電タービンを効率よく運用することで、年間で実に数パーセントの燃料費を削減できるという。
「私たちは“インフラ ライフ イノベーション”という理念を掲げて、電力や通信、石油プラント制御などインフラ分野に特化した最適化ソリューションを展開してきました。数パーセントの改善でもトータルでは莫大な効果が得られるのが、この仕事の醍醐味です。AIを活用した最適化技術には大きな可能性があり、人の知識や都市全体をデジタル化して最適化していく取り組みを進めているところです。人や電力、交通インフラといった都市開発に必要な要素を組み込んでデジタルツイン化し、仮想空間を利用した都市計画の策定支援や、最適化による地域の活性化なども計画しています」
グリッドでは今後の展望として、AIに加えて量子コンピューターを使った最適化アルゴリズムの開発にも取り組んでいる。2019年9月には、量子コンピューターの商用化に向けた連携組織「IBM QNetwork」にもいち早く加入した。
「量子コンピューターはまだ手探りの段階です。しかし、いずれどこかの段階で指数関数的に発展する時期を迎えるはずなので、まず基礎研究に取り組み、学術研究機関とも連携して年間に2~3本の論文を発表しています」
複雑な現実の世界を、ほかに類を見ない高精度なシミュレーション技術でデジタルツイン化し、社会・エネルギーインフラの最適化問題に挑むグリッドの取り組みは、AIの新しい可能性を広げ、未来の私たちの暮らしや都市全体をスマートに作り変えていくに違いない。
株式会社グリッド
(提供:グリッド)