グーグルのマゼンタ(Magenta)チームは、創作プロセスのための機械学習ツールを開発しているチームだ。これまでに作曲を支援するモデルや、ネコのスケッチを補助してくれるツールを開発してきた。ただ楽しいだけでなく、人工知能(AI)がいかに創作を手軽なものにしてくれるのかを追求している。そんなマゼンタの最新プロジェクトは、心地よい巣ごもり音楽を作曲する機会を、誰にでも与えてくれる。しかも、そのために音楽のトレーニングを受ける必要はないのだ。
ローファイ・プレイヤー(Lo-Fi Player)は、この夏にチームに加わった、技術者でアーティストであるヴィベール・チョウ(張欣嘉)によってデザインされたものだ。ユーザーは、バーチャルの部屋の中にあるさまざまなオブジェクトとやりとりすることで、自分だけの「ローファイ・ヒップホップ」のサウンドトラックを生み出せる(日本版注:ローファイ・ヒップホップは2018年ごろからネット上で流行している歌なしの音楽ジャンル。作業用BGMとしてコロナ禍で人気が高まっている)。ローファイ・プレイヤーが目的としているのは、音楽を制作するという経験を、可能な限りシンプルでとっつきやすいものにすることだ。部屋は、ブラウザー上に表示されるドット絵で描かれた2次元空間である。異なるオブジェクトをクリックすることで、ユーザーは異なったトラックをいじることができる。例えば時計やピアノをクリックすると、ドラムラインやメロディを調整できるといった具合だ。
バックグラウンドでは、2つの機械学習モデルが動いている。ラジオに詰め込まれている1つ目のモデルは、クリックするとメロディを生成する。テレビに隠されている2つ目のモデルは2種類のメロディを補間して、どちらのメロディにも少し似ている新しいメロディを生み出す。
しかし、部屋にあるサウンドのほとんどは、機械学習によって生成されたものではない。これがある意味でポイントなのだ。一連のプロセスの中で、チョウはローファイ・ヒップホップの制作者たちと一緒に、ジャンルを象徴するような心地よい響きのベースライン、ドラムライン、そして背景音としてのアンビエンスを集めた。チョウはまた、ユーザーが選べるように、4種類のメロディの候補を作成した。機械学習は、それぞれのユーザーがユニークなミックスを作れるように、用意されたトラックの上に必要最低限の予測不能な要素を付け足すだけなのだ。
ローファイ・プレイヤーの初期版は、ユーチューブでのインターラクティヴなライブ配信も含んでいる。ユーザーたちはチャット・ウィンドウにコマンドを入力することで、音楽を変化させることができる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による外出規制の中で、音楽制作をより集合的な経験にしようというアイデアだ。ローファイ・プレイヤー・プロジェクトを監修した研究科学者のダグ・エックは、「こんなにも小さなものが、COVID-19のさなかで私たちを結びつけてくれるのです」と述べる。
ローファイ・プレイヤー・プロジェクトはまだ初期のバージョンだが、すでにチョウはさらに多くの可能性を見出している。チョウの夢見ているプロジェクトは、ある意味で音楽制作のためのティックトック(TikTok)を作ることである。つまり、ミュージシャンでない人も音楽編集で遊び、創作物をシェアし、自分を表現できるようなインターフェースを作ることだ。
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- カーレン・ハオ [Karen Hao]米国版 AI担当記者
- MITテクノロジーレビューの人工知能(AI)担当記者。特に、AIの倫理と社会的影響、社会貢献活動への応用といった領域についてカバーしています。AIに関する最新のニュースと研究内容を厳選して紹介する米国版ニュースレター「アルゴリズム(Algorithm)」の執筆も担当。グーグルX(Google X)からスピンアウトしたスタートアップ企業でのアプリケーション・エンジニア、クオーツ(Quartz)での記者/データ・サイエンティストの経験を経て、MITテクノロジーレビューに入社しました。