期待はずれのイーロン・マスク劇場、BCI実用化への見えない道筋
イーロン・マスクは8月28日、脳コンピューター・インターフェイス構築企業であるニューラリンクの「製品アップデート」のオンラインイベントを開催した。神経科学者にとって最も興味深いのは、頭蓋骨にあけた穴から脳の表面に配置し、脳の電気信号を無線送信する1ドル硬貨サイズの機器「リンク」かもしれない。 by Antonio Regalado2020.09.03
イーロン・マスクが4年前に立ち上げた神経科学企業であるニューラリンク(Neuralink)は、電子的な脳コンピューター・インターフェイスを応用すれば将来、数多くのことが実現可能になると考えている。例えば、恐怖を感じることなくロッククライミングしたり、頭の中で交響曲を演奏したり、超人的な視力で電波を見たり、意識の本質を理解したり、失明、麻痺、聴覚障害、精神疾患を治癒したりできる。
そのような高度な応用はどれも実現には程遠く、一部は実現することはなさそうだ。しかし、8月28日にユーチューブで配信された「製品アップデート」では、スペースX(SpaceX)とテスラ・モーターズ(Tesla Motors)の創業者でもあるマスクCEOが、手頃な価格の信頼できる脳インプラントの開発を目指すニューラリンクの研究について、黒いマスクを着用したスタッフと共に議論した。そのような脳インプラントは将来、何十億人もの消費者から強く求められるようになるとマスクは考えている。
「多くの点で、頭蓋骨の中に埋め込んだ極細のワイヤーつき『フィットビット(Fitbit)』のようなものと言えます」とマスクは語った。
このオンラインイベントは製品デモと称されていたが、ニューラリンクは購入や利用が可能な製品はまだひとつも提供していない(同社の医学的主張は実現可能性が疑わしいものが多いので、最善の戦略だ)。ただし、超高密度の電極を開発して動物実験をしている。
脳インプラントにより人間の能力を拡張または回復できると考えたのは、ニューラリンクが初めてではない。1990年代後半には研究者らが麻痺患者の脳に電極を埋め込み、患者が脳信号でロボットアームやコンピューターのカーソルを動かせることを示し始めた。また、視覚化インプラントを埋め込んだマウスは実際に赤外線を感知することができる。
ニューラリンクは、こうした研究に基づいて脳コンピューター・インターフェイス(BCI)の開発を進め、診療所で1時間以内に装着できるようにしたいと語る。脳信号でコンピューターを操作した人がいることを踏まえて、「実際に機能します」とマスクは語った。「ただ、普通の人が使いこなせるものではありません」。
オンラインイベントの最中、ニューラリンクが開発しているシステムの人間を対象とした試験の実施時期などが質問されると、マスクはタイムラインを提示したり、スケジュールを約束したりすることは巧みに避け続けた。
ニューラリンクは立ち上げから4年経ったが、マスクがスライドで言及したうつ病、不眠症、その他数十の疾患を治療できる証拠を(またはこれまで治療を試みたという証拠さえ)未だに一切提供していない。同社の進む先に待ち構える難題のひとつは、生体脳内の「腐食性」に10年耐えることができるマイクロワイヤーを完成させることだ。この問題を解決するだけでも何年もかかる可能性がある。
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