「地球温暖化」は大きな問題過ぎて実感がわきにくい。では、気候変動で収入が減るとしたらどうだろうか。
スタンフォード大学とカリフォルニア大学バークレー校の研究によると、気候変動により、世界全体の一人当たりGDPは、気候変動なしの場合と比較して、今世紀末までに23%減少するという。極端に暑い日が増えることで、屋外で働けない場所や期間が増えるのだ。
地球全体で一人当たりGDPが23%減るとしても、2099年の話ではまだ自分の問題とは捉えにくい。では国ごとに見るとどうなるだろうか。実は、現在低気温な国(モンゴル1413%、ロシア419%、イギリス42%など)では気候変動で気温が上昇し、屋外で作業可能な場所や時期が多くなり、一人当たりGDPが増える。一方、インドやアフリカ諸国など、赤道に近い国ではおおむね80~90%一人当たりGDPが減る。日本や米国の一人当たりGDP(日本は約3万2000ドル)は2030年には1%しか減らないので実感はわかないだろうが、日本や米国でも2050年には5~6%、2099年には35~36%も減少する。カリフォルニア大学バークレー校のソロモン・サン教授が、温暖化の不均一な影響は「世界経済の大規模な再構築を意味するかもしれない」というとおり、一人当たりGDPが3割も減少すれば、経済も安全保障も影響は免れようがない。
ニューヨークを洪水から守る
温暖化で海面が上昇すれば、海抜が低い場所は海に沈んでしまう。コロンビア大学のヨーグ・シェーファー教授はグリーンランドの氷床は「近い将来に消えることを覚悟しなければいけません」と警告するが、それでも今すぐ東京の埋め立て地が水没するわけではない。
ところが問題は台風や津波などの災害時に起きる。平常時は問題がなくても、海面が高くなれば、そのぶん洪水の被害が発生しやすくなり、土地の価値が変わってしまう。実際、米国の沿岸地域では、不動産価格が下落する兆しがある。ニューヨーク・タイムズ紙の記事によれば、従来、リゾート地でもあるマイアミでは、どれだけ海岸に近いかで不動産の価値が決まったが、最近の購入希望者は海岸からどれだけ離れているか、海抜は何mか、非常時の電源が確保されているかなどで物件を選ぶ傾向があるという。
海抜の低いマンハッタン島(ニューヨーク市の中心部)も、気候変動による洪水の危機に直面している。マンハッタン島には世界一高価な不動産がいくつもあり、住民を移転させずに都市そのものを守るのが賢明な対応策だ。しかし、市街の完全な再設計や地下輸送、公共インフラを再計画することは、正当な方法に見えて、実は複雑すぎて現実的ではない。
実現可能な解決策は、いくつか提示されている。ひとつはニュージャージー州(マンハッタン島の西側)からロングアイランド(マンハッタン島の東側)まで約64kmの人工砂丘を構築し、巨大波のエネルギーを消散させ、大型ハリケーンの影響を減らす方法だ。もうひとつは、マンハッタン島の南側にある金融街(ダウンタウン)をU字型の巨大な堤防で囲ってしまう計画だ。こうした計画には、予算以外に実効面の懸念や、見捨てられる地域があることへの批判もある。しかし、ニューヨーク市が海面上昇や異常気象から都市をどう守るのか、難しい決断を迫られているのは確かだ。
こうした現状認識は国内ではあまり一般的ではないが、海洋研究開発機構に納入された「地球シミュレータ」の開発元で、日本のIT企業であるNECは「台風や集中豪雨など顕著な気象現象の再現・予測」「広域・高分解能の津波の浸水予測」を掲げており、研究課題としては世界の価値観と違いはないことがわかる。また、気象庁気象研究所は昨年9月に21世紀末を想定した「地球温暖化気候シミュレーション実験の結果を解析して、温暖化が進行したときに日本の内陸部において、現在よりも豪雪(災害を伴なうような顕著な大雪現象)が高頻度に現れ、豪雪による降雪量も増大する可能性があることを確認しました」と述べている。温暖化は日本にも確実に影響を及ぼすのだ。
対策から適応へ
2015年12月に採択されたパリ協定は2016年11月に条件を満たして発効した。しかし、低炭素社会の実現は難しい。実際、新たな国連の報告書が警告しているとおり、各締約国がこれまでに提示している二酸化炭素排出の削減目標では不十分だ。平均気温の上昇を2度未満に抑えるには、削減目標をさらに25%増やす必要がある。
つまり、温暖化の進行を諦めずに対策しつつ、一方では進行してしまうことも直視し、温暖化に適応する段階に入っているのだ。
環境対策は、企業の社会貢献の一環と捉えることが多かった。しかし、地球温暖化が現実に起きていることが明確になり、対策によっても後戻りできない状況まで悪化してしまった。したがって企業は、生存競争の一環として、地球環境の変化に取り組まなければならない。温暖化対策の意味がまったく変わってしまったことに、どれだけの日本企業が気付いているだろうか。
特に、原料調達や生産拠点がグローバル化する中、気候変動の予測や農産物の生産計画は、すべての企業が意識すべき課題だ。たとえば農業輸出国であるベトナムでも、気候変動の影響が顕著になっている。
2016年1月、記録的な寒波がベトナム北部を襲い、山間部では氷点下まで気温が下がり、雪が降った。イエンバイ省マー村では、前年の夏に熱波が襲い、11月の乾期には豪雨に見舞われ農作物も農地も多大な被害を受けた。マー村のグエン・ヴァン・タム村長は「気候変動リスクについての教育」を受け、世界的な気候変動が起きていることを理解している。しかし、農民に異常気象を予測するのは難しい。
世界中からコーヒー豆を仕入れているスターバックスは、10年以上にわたって、世界中の農家に働きかけ、作物を保護するための日陰栽培や森林保全、また気候変動による害虫などの病気のリスクを管理する基準を満たす農家のネットワークを構築してきた。スターバックスの報告書によると、現在同社のコーヒーの99%(年約20万トン)はこれらの基準を満たしているという。
温暖化対策はリスク対策であり、クリーンエネルギーや再生可能エネルギーへの取り組みは、事業継続に欠かせない。
たとえばIKEAは、2012年にハリケーン・サンディによる停電や洪水のため、米国東海岸の9店舗が一時的に閉鎖に追い込まれた結果、およそ900万ドルの損失が出たとされる。そこで、2020年までに再生可能資源で自社が消費するエネルギーと同量のエネルギーを生産する、と2012年に発表した。IKEAがすでに2009年から風力や太陽光に15億ユーロを投じてきたが、風力発電設備や店舗や流通センターの屋上に設置する太陽光発電装置など、さらに数百万ドルを投資する必要がある。過酷な気候が業務の継続性を妨げた経験から、クリーンエネルギーへの投資はイメージ戦略などではなく、明確な企業戦略の一部になったのだ。
フォードを含むいくつかのメーカーにとって、節水テクノロジーの採用は、気候変動適応のために戦略的に優位になるための手段だ。長年の降雨パターンが世界的に変化し、従来の取水設備のある場所から、水源が移ってしまっているのだ。そこでフォード自動車は、製造現場で使う水に着目し、使用量の削減で生産効率を高めた。日常的な水の使用を変革するフォードの世界的な努力の一環で、水の消費量は全体で10%削減された。
インテルもチップの製造工程で多くの水を使う。最新の年次報告書で、操業地の多くが「半乾燥地帯にあるため、気候変動による長期間の干ばつの影響を受けやすくなっている。操業ニーズを満たすだけの水を確保するのが難しくなる可能性がある」という
このように、すでに多くの企業が、地球のためではなく、自社のために、環境負荷の削減、温暖化対策に取り組んでいる。
米国は頼りにならない
地球温暖化対策に積極的な政策を取ったオバマ政権と異なり、トランプ政権にはそもそも地球温暖化を認めない立場の閣僚がいる。就任1日目に、ホワイトハウスの公式ページからは気候変動のページが削除され、石炭や石油、ガス生産の増加を目指す「米国第一エネルギー政策計画(An America First Energy Policy Plan)」と題する新しいページが登場した。
化石燃料の探査を促進し、再生可能エネルギーへの移行を遅らせれば、世界が劇的に温室効果ガスの排出量を削減する必要があるちょうどその時期に、排気量が増加してしまう。
一方、先週には米国立海洋大気庁(NOAA)と米国航空宇宙局(NASA)は、2016年は史上最も暖かく、3年連続で新記録を更新したと発表した。地球温暖化は政治的には正しくないことにされそうだが、科学的事実は揺らがない。企業が事業を継続させようとするなら、政治と科学のどちらを取るのか選択しなければならない。
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