ブラッド・ピットになったつもりで考えよう。一晩過ごしたザ・リッツ・カールトンの客室に誰かが侵入し、枕から少しの皮膚細胞を採取される。
しかも、最先端の受胎技術で、映画スター自身の細胞を精子細胞に作り替え、子どもを作るのに使われ、誰かから数百万ドルの養育費を求める訴訟を起こされたら、どうすればいいのだろうか。
こんなとんでもないシナリオが実際に起こり得ると、優れた医療研究者3人が述べた。ハーバード大学医学大学院ジョージ・デイリー学科長(幹細胞生物学)、ハーバード大学ロースクールのグレン・コーエン教授(生命倫理学)、ブラウン大学のエリ・アダシ教授(医療科学)の3人は、2017年1月11日、試験管配偶子形成手法が社会にもたらし得るリスクについて一般の注意を喚起することにした。配偶子形成手法を使えば、どんな種類の細胞も精子や卵細胞に作り替えられるというのだ。
細胞から配偶子(精子と卵細胞の総称)を形成するあらゆる種類のテクノロジーは、すでに日本人科学者がマウスで実証しており、ヒトにも応用される可能性が高いとサイエンス・トランスレーショナル医療誌の記事で解説されている。この記事の著者は、配偶子形成テクノロジーで「面倒な政策的課題」と倫理の板挟みいうパンドラの箱が開かれる可能性がある、と注意を促している。
配偶子形成テクノロジーを使えば、どんな女性でも、いくらでも卵細胞を産生できる。テクノロジーが導入されれば、体外受精は画期的進歩を遂げ、年齢やがんなどの理由で卵細胞ができない女性でも、妊娠できるようになるだろう。
アダシ教授は「不妊に悩む女性にとって、配偶子形成テクノロジーは恩恵をもたらしますが、体外受精を巡って混乱が起きるでしょう。ご承知のとおり、女性は、必要だからといって卵細胞を作るわけではないのです」という。
ただし、いくらでも卵細胞を生み出せるようになれば、ハイテク優生学の扉も開かれる。たとえば、将来的には、体外受精クリニックで数百もの胚を製造し、視力は両眼とも2.0、優れた知能指数を持ち得るなど、望ましい品質の胚を選び出せるようになるかもしれない。
3人の医療研究者は、この手法で「立ち消えになったはずの『胎児農場』が、今では想像もできないほどの規模でよみがえる可能性があります」と述べている。
クリスパー(CRISPR)など、急速に発展する遺伝子編集手法と組み合わせれば、科学者が試験管配偶子形成手法で一部の遺伝性疾患を編集したり、新しい形質を導入したりすることもありえる。コーエン教授は、クリスパーや配偶子形成テクノロジーで、子どもを「理想形に近づけられる」可能性があるという。
実験室で配偶子を形成するテクノロジーには、どの段階を生命の始まりと認めるかの倫理的論争に新たな視点を与える可能性もある。卵や精子と同様に、あらゆる種類の組織細胞に生命を生み出す可能性があるのなら「皮膚細胞についても今までとは別の見方をする必要があるのではないでしょうか」とコーエン教授は問いかける。